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霍公鳥と川蝉 7

 幽霊を抱き締めるとこんな心地なのかと納得して、黒髪から覗く白い頬に唇を寄せた。   「これは夢かな……それとも迎えに来てくれたのか? 翠也、一緒に連れて行ってくれないか?」  記憶の中よりも更に細い体は、縋りつくと不安になるほどだ。 「何を馬鹿なことを言ってるんですか! しっかり包まってください! 火鉢は? 温まらないと……」 「火鉢は……割った  」  そうぼんやりと返す俺と荒れた部屋の中を見て、翠也はくしゃくしゃと顔をしかめて立ち上がった。  少しでも暖を取るためにかけられた布団の間から冷たい空気が入り、このまま消えてしまうのではないかと言う不安に駆られて腕を伸ばす。  掴んだ体は、震えていて…… 「あき……行かないでくれ、頼むからっ! 君がいないと俺は  もう生きていたくないんだ! あい、愛してるんだ! 君だけが大事で、君だけがすべてなんだ、君がいないなら何もいらない……」 「  ────っ」  外套を投げつけられて視界が遮られると、翠也の姿が見えなくなった。  その、言い知れぬ不安感に…… 「いやだっ! あき……っ翠也っ」  まとわりつく外套をがむしゃらに剥がして手を伸ばすと、指先に滑らかなものが触れた。  幾度も愛でたそれは手とは違い温かく、翠也に血の気があるのだと教える。 「大人しくしてくださいっ!」  似つかわしくない大きな声を上げて、服を脱ぎ去った翠也は俺を抱き締めてきた。 「少しは暖をとることができるでしょう」  触れあった肌は一瞬冷たい感触もしたがそれもあっと言う間に馴染んで溶けて、お互いの間で熱に変わる。 「どうして温かいんだ? やっぱり夢だからか? それなら共に逝けるのか?」  ぼそぼそと繰り返す俺の背中に手が回されて、気づいた時にはみっともないほどの量の涙を流して泣いていた。   「翠也、すまなかった。独りで逝かせてしまうなんて……すぐに追うから……」  俺の視線が何かを探し始めたのに気付いたのか、翠也は両手で頬を掴んで力ずくで自身の方へと向けさせる。  滲む視界の中でもはっきりと分かる、ほっそりとした綺麗な輪郭、光を弾く黒髪と金剛石のように煌めく両目。  翠也以外の何者でもない。  もう二度と見ることは叶わないと思っていた姿に再びぼたぼたと涙が溢れるのがわかった。 「貴男は何をしているんですかっ! 僕は怒ってるんですよ⁉」 「一緒に逝かなかったから? すぐ……すぐだから、君に怒られると……」 「僕が怒っているのはこっちです」  そう言うと冷たい手が腕を取る。  腕だけでなく手にも走る幾筋もの切り傷に、今度は翠也が泣き出した。

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