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第6話 癖

「無意識だと思う」 起床後、ダイニングテーブルでコーヒーを飲む高見さん。 フィルターでこしたそれは、広い部屋を豊潤な香りで満たした。 ごめんね、と手を合わせて謝罪する高見さん。 「睡眠の方は?」 「熟睡だよ~!こんなに長時間深く寝れたの久し振り。 これなら睡眠サプリ要らないと思う」 まるで付き物が落ちたような、健やかな表情。 続ければ、目の下のクマも薄くなっていくのだろう。 それに、俺の睡眠の質もかなり上がっていた。 流石、アスリート御用達の高級マットレスだ。 「今後もどう、かな?」 恐る恐る、伺うような声音。 俺を抱き枕にした事を気にしている聞き方だ。 確かに他人に知られたくはないと思う。 「あの、とりあえずは継続で」 魔性のマットレスとハーブの誘惑に、俺はいとも容易く屈した。 まあ、ハグは対策を講じればいいし。 「ありがとう!」 ふわりと花のように笑う高見さん。 つられて笑顔になってしまう。 優しい人が健康になってくれたら、俺も嬉しい。 ――その夜23時、寝室のベッドにて。 「なにこれ」 「一応、お試しで」 無意識ハグを考慮して、ベッドの真ん中に丸めた掛け布団でバリケードを築いてみた。 これは高見さんの名誉を守る為の策でもある。 ぽりぽり、と頭をかく高見さん。 何か言いたげだったが、諦めて布団に入る彼。 「…おやすみ」 「おやすみなさい」 俺はベッドの端で、深く目を閉じた。 ――翌朝。 静かなアラーム。 イケメン投資家の腕の中で目を覚ます俺。 バリケードは何故か突破されていた。 (ですよねー) ある意味予想を裏切らない高見さんに、俺は呆れを越え尊敬さえ覚えた。 「なんでだろう?」 ダイニングテーブルで、香り高いコーヒーを嗜む高見さん。 頭には大量の「?」を浮かべていた。 (ゴールデンレトリバーみたいな人だな) 俺は、実家で朝起きるとバリケードを突破して添い寝してくる愛犬を思い出した。 ひとつ、気になる事がある。 尻に当たる固い「ナニ」。 (毎朝あたってるんだよな) 言わずと知れた「朝勃ち」である。 (EDじゃなかったっけ?) もしかして、いろんな不調が回復の兆しにあるのかな。 まあ、元気なのはいい事だ。 俺はそれ以上深く考えるのを止めた。 ――8月初旬。引っ越して1か月。 高見さんはみるみるうちに健康的になっていた。 隈は完全に消え、血色は良くなり、より精悍な顔つきになった。 たまに一緒に外出する時は、よく女性が振り返るのを見かける。 フェロモンがオーバーヒートしてるんじゃなかろうか。 本人も体調が良くなったのを自覚してか、スキンシップが多くなり、勢い余ってハグもしてくるようになった。 その点については、俺は諦めていた。 抱き枕に慣れてしまったというのもあるが、元々この人の癖なのだろう。 留学経験か親類に海外の縁があるのか、自然に触れてくる。 別に誰も見てないし、悪意が無いのに抑圧するのはよくないよな。 「お盆に1週間帰省してもいいですか?」 洗濯物を畳みながら聞く。 まるで主婦みたいだ。 「いいよ、ゆっくりしておいで」 「バイト代抜きでいいんで」 「作り置きしてくれるんだろう?別に今まで通りでいいよ」 「はい、ありがとうございます」 何だかんだで添い寝は続行中だが、俺が居なくても睡眠障害は大丈夫なのかな。 だとしたら、あの魔性のマットレスを手放すのは些か勿体ない気はするが、帰ってきたら寝室を分ける事を打診してみていいかもしれない。 俺はボストンバックを肩から下げ、高級タワーマンションを後にした。 電車で2時間半。 俺は実家の愛犬・まめ吉の熱烈歓迎を受けつつ、親に近況を話した。 引っ越しは電話で知らせていたが、直接話すのは今回初めてだ。 「上手くやってるそうだな」 「お帰り、兄ちゃん」 眼鏡姿が絵になる俺の兄、総一郎兄ちゃんだ。 高見さんとは中学からの付き合いだそう。 会社は大阪で、よく盆正月に帰省している。 長身の兄は、高見さんと並んでも遜色なさそうだ。 「高見、凛の事べた褒めだったぞ。 あいつが他人褒めるなんて、珍しいからな」 「そうなの?いい人だよ」 「そういえば昔、凛も一度会った事あるけど覚えてるか?」

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