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第14話 味見

(あ、油断した) 味見していたので、マスクを外していた。 少しずつ深くなる口付け。 腰を抱き寄せられたが、俺は腕を伸ばして突っぱねた。 「もう少しで完成するので」 やれやれ、とでも言いたげに開放する高見さん。 (俺達の関係って、何だろう) 俺はチョロ過ぎる自分に呆れていた。 ――夜23時。寝室にて。 例の如く、俺はマスクをつけていた。 「そのまま寝るの?」 「はい」 言いながら押し倒される。 俺は迫る端正な顔を押し返した。 「今日はダメです」 「生理?」 高見さんの鼻をぎゅっと摘まんで叱る素振りをする。 俺は体を背け、全身で拒否の意を示す。 「おやすみなさい」 「…おやすみ」 背後からハグをされたまま、瞼を閉じる。 暫く毎日エロい事してたから、ただの添い寝は久し振りだ。 ――翌朝。 目を覚ますと、俺のマスクは外れていた。 高見さんは俺に覆い被さり、愛撫のようなキスをしていた。 俺の体を這う、大きく熱い手。 俺はぐいーっと押し返した。 「おはようございます」 「おはよう」 「俺、コーヒー淹れてきます」 腕を掴まれそうになったが、寸前の所でスルリと避け、俺は寝室を出た。 「俺、何かしたかな」 高見さんは不機嫌を露にしていた。 「え、どうかしました?」 俺はきょとんと、しかし心中で冷や汗を流しながら答えた。 「俺の事、避けてる」 鋭い。そして申し訳ない。 俺がガキだからガキっぽい態度になっただけです、と心の中で土下座した。 正直に言うと、俺は高見さんとの距離感がわからなくなり、迷走していた。 接し方がわからない。これもコミュ障というのだろうか。 あと野生の感というか、素人がこれ以上深入りしない方がいいと、警笛が鳴っていた。 そう思うくらい、俺にとって高見さんは未知の劇薬だった。 思考をフル回転して、それらしい当たり障りない回答を考える。 「すみません。 万が一風邪だったらと思うと、迷惑かけたくなかったので」 依然、ぶすっとしている。 納得してないと顔に書いてあった。 終わらなそうな無言の圧に耐えかねて、言葉を重ねた。 「高見さん、そろそろ添い寝なくても大丈夫じゃないですか?」 がしゃーん。 途端に顔色を変える高見さん。 「いや。むり」 気の所為か、語彙力が死んでいる。 「でも、少しずつ慣らさないと」 ぐぬぬ、と下唇をかむ彼。 一応俺の発言が正論なのは認めてるみたいだ。 「…ちょっと、保留でもいい?」 「はい」 よろよろと、覚束ない足取りでリビングを去る高見さん。 一応この場は切り抜けた。 でも心はモヤモヤする。 本当は高見さんと離れたくない。 (俺はどうしたいんだ) 俺はその場でうずくまり、頭を抱えた。 俺はここ最近、高見さんムーブに流され過ぎだ。 ある程度は彼に主導権があるのは問題ない。 しかしこのまま思考放棄して一緒に暮らすと、気付いたら越えてはならい一線を越えてそうな気がする。 それだけではない。 以前女性の移り香を嗅いだ時、凄く嫌な気分になった。 これが続けば、俺は彼に八つ当たりするかも知れない。 彼の行動に口を挟む権利など無いのに。 彼女が出来てしまえば、嫉妬で頭が煮え滾りそうだ。 こんな感情、同性に抱くものだろうか。 高見さんにしてみれば、俺みたいな家政夫面倒極まりないだろう。 そんな時、クビを言い渡されてもおかしくない。 今思い返せば、事ある毎に「バイト代」と言ってたのは「仕事として割り切った関係」を強調してたのではないか。 それを俺は勘違いしていたのでないか。 大学からの帰り道、ふと目に入った賃貸情報誌。 (リスク回避はZ世代の嗜み) 俺は何とはなしに、それを手に取った。 *** 普段より低い声で、不機嫌を露にした高見さん。 「ねえ、コレあったんだけど」 彼が持っているのは、賃貸情報誌。 所々、ページの角が折れている。 如何にも引っ越しを考えてる者が見た痕跡だ。 仕舞い忘れたのだろうか、しまったと思った。 雰囲気でわかる、彼は静かに怒っていた。 「引っ越すの?」 「いずれ必要になると思って」 間違ってはいない。 俺は所詮、家事代行のバイトだ。 大学を卒業し、就職先が決まればどの道出ていく事になる。 只、19歳の俺が今から物件を探すのは些か早計ではあるが。 「何で?」 「高見さんに彼女出来たら、俺邪魔かなと」 「彼女は作らないし、出来ないよ」 自傷気味に言う。 その容姿で、何故そう言い切れるのか不思議だ。 「高見さんにその気がなくても出来ますよ。 引く手数多でしょう」 本人がどう思おうが、高見さんみたいな天然魔性、周りがほっとかないのだ。 当の本人は訳が分からないといった顔だ。 「この間も女性の香水移ってましたし」 高見さんの眉間に皺が寄る。 「何か誤解してないか? 前の飲み会で潰れた女性を介抱はしたが、それだけだ。 証人もいる」 「あれだけ夜も盛んなら、もう俺がいなくても」 言葉に角が立ち始める。 こんな自分は嫌だ。 高見さんはあからさまなため息をついた。 「気付いてると思ったんだけどな」 鋭くなる目つき。 呆れられてもしょうがない。 俺だって、こんな女々しい自分を見せたくなかった。 「なら言い方変えようか。 俺は凛じゃないと勃たないし、ヤル気もない」 「え」 「セックスは出来たら嬉しいけど、凛が嫌ならしなくてもいいんだ。 今の俺が言っても説得力ないだろうけど」 言葉の意味を反芻し、意図を探るように彼の目を見た。 「凛が好きだから」

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