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第15話 誤解

は?えっと…? 想像の斜め上の発言に、頭が真っ白になる。 何故ならその可能性は、以前の質問で「無し」だったから。 「高見さんはノーマル、ですよね?」 「そんな事一言も言ってない」 やれやれ、と深いため息を吐く。 「彼女が少し前まで居たって」 「居たけど、ずっとお前が好きだったよ」 「ずっと…?」 おかしい。 妙な言葉が次々に聞こえてくる。 「出会いは4年前。 凛が中3の時の学園祭、女装喫茶やってただろ」 「う゛っ」 唐突な言葉に、古傷が疼く。 確かに俺は男子校のクラス出店で女装喫茶のメイドをした。 俺は髭が生えない体質で、制服でなければたまに女子と間違えられていた。 クラスの連中がそれに目を付けて女装喫茶をやるハメになったのだ。 「総一郎…凛の兄貴と一緒に行ったんだ。 そしたらどう見てもかわいい長身の女の子が給仕してて。 ネームプレート見たら「しのりん」って書いてあった。 ずっと目で追ってたら、俺のテーブルで総一郎と親しげに話すじゃん。 兄弟って分かってもなんか面白くなくてさ。 俺、ぼーっとしてて、カフェラテ零しちゃったんだよね。 かわいい顔で「大丈夫ですか」って言われたんだ。 男のイケボで。 それが面白くて、俺ツボったんだ。 それで凛が拭いてくれたんだよ。 俺の股間のきわどい所。 俺、凛のメイド服も汚しちゃったのに、 自分のドレスを顧みずに、真っ先に俺の服拭いたんだ。 俺はいいから先にドレス拭いてくれって言ったんだけど、凛が「俺は黒地だから別にいいんです、貴方のは白地だから時間との勝負なんです」って男の据わった声で言ったんだ。 その場で軽く染み抜きまでしてくれて、年下なのに俺より生活力あって、大人っぽくてかっこよかった」 思い出した。 確かに兄ちゃんと一緒にイケメンの友人が来ていた。 当日あまりにも怒涛の一日過ぎて、顔はあまり覚えてないけど、染み抜きしたのは覚えてる。 「男だってわかってたから、最初は友達になりたいと思ったんだけど。 その日見た夢で俺、凛とエッチしちゃったんだよね」 !?!? 今、さらっと凄い事言わなかったか…? 「その夢がまた人生一の最高の夢で。 めちゃくちゃ幸せだったんだ。 それから俺、パニックになっちゃってさ。 情緒不安定というか、女の子に告白されたら何も考えずに付き合って、でも続かなくてすぐまた別の彼女が出来て、っていうのを繰り返したよね」 話ながら、高見さんは遠い目をしていた。 「多分、無意識に凛みたいな女の子を探してたんだ。 居る訳ないよね。 かわいくて、男らしくて、イケボで、年上を叱咤できて生活力ある長身で年下の子。 ずっと忘れられなかったよ。 俺は自主的に恋愛した事なかったから、思えば凛は俺の初恋だった」 初恋、だと…? 確か兄ちゃんとタメだから、当時は20歳? 俺は盛大に聞き間違えてなかろうか。 「繰り返すうちに凛の代わりは居ないって気付いてから、今度は「友達」でもいいからどう近付こうかって事になって。 年が離れて学校も違う。 縁と言えば総一郎だけ。 そこでまた葛藤した。 親友の弟の人生を、万が一にも踏み外させていいのかって。 まだ真面に認識されてもないのに。 でも総一郎はブラコンだから、自然と凛の情報は入ってきてたんだ。 それで凛に彼女が出来たのを知って、ショックで不能になった」 高3の時、少しの間だけ彼女がいた。 といっても今となっては怪しいが。 塾で知り合った女の子。 元々俺は色恋の優先順位が低かった。 不器用な自信があったから、両立は出来ないだろうと腹を括っていたのだ。 それを見透かされていたのだろう。 大学受験を機に、自然消滅した。 今は幸せになってくれればと思う。 彼女が出来た時、兄ちゃんが俺より喜んでいたのを覚えている。 そうか、高見さんの耳にも入っていたか。 別にいいけど、俺のプライバシーって一体。 「大学進学の頃合いで探りを入れたら、別れたっぽい感じだったから。 状況をそれとなく聞いて、バイトを探してるって知って。 丁度俺生活力ゼロだし、今しかないと思って家事代行を頼み込んだんだ」 …そうだったのか。 怒涛の展開に、ちゃんと理解が追い付いてるのか怪しいけど。 何となくいろんなものが腑に落ちた。 初日に「初めまして、か」って言った事。 ED回復に、俺が関わっていた事。 「本当は言うつもりなかったけど、今言わないと凛離れちゃいそうだったから」 事実ならこの人、4年も初恋(?)を拗らせていた事になる。 そりゃ初恋が女装男子なら、自暴自棄にもなるだろう。 聞く限りだと、以前「俺、破綻してるから」と自傷気味にぼやいたのは、この「親友の弟の人生を踏み外させて」が相当しそうだ。 事実を知った以上、俺はそうは思わないけれど。 改めて考えると、凄い執念だ。 俺はいつからこの人の術中に居たのだろう。 本で読んだ心理学を思い出した。 フット・イン・ザ・ドア。 小さなお願いを聞いていくうちに、大きな要求も呑んでしまう現象。 最初は週1の家事代行だった。 それが週3になり、同居、添い寝、性的な接触に、日常的なハグとキス。 いきなり同性に告っても、拒否反応で尻尾を巻いて逃げられるのがオチだ。 それをこの人はちゃんと手順を踏んだ。 少しずつ慣らして、調教し、自分と同じテリトリーに。 天然か、計算か、何れにしても。 俺はとんでもない人に捕まったのかも知れない。 情報の洪水に、唖然と立ち尽くす。 迫る気配。 顔にかかった髪を横に撫でつけてくれる高見さん。 見上げると、今にも泣きだしそうな顔をしていた。 髪を流した手は、そのまま俺の頬に添えられ、俺は目を閉じて享受する。 迫る顔。 濡れた感触。 最初は触れるだけのキス。 少しずつ、深くなる口付け。 されるがまま、俺は高見さんの腕に抱き締められた。 甘い声で、耳元で囁く。 「寝室にいこう」

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