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雪のような人 4
「ここだよ」
ドアを開けて、後ろを振り返る。彼は真顔のまま、首を動かしている。部屋の中を観察しているようだ。なんの面白みもない、六畳のフローリング張りの部屋だ。ベッドとタンスと、小学生の時から使っている勉強机だけが置いてある。勉強机についてきたキャスター付きの椅子の右隣には、折り畳み式の椅子が一脚あるが、家庭教師を迎えるために母さんが買ったものだった。
「失礼します」
彼が一礼してから部屋に入った。彼の後ろ姿を見ているうちに、体のこわばりを感じた。
他人が自分のプライベート空間にいる今の状況に、俺はやけに緊張していた。それをごまかすため、いつも以上に明るい声で喋った。
「角巻健人先生、だったよね。先生のことはなんて呼べばいいかな。つのちゃん? うーん。あっ、待って。まきちゃんの方がかわいい! まきちゃんって呼んでいい?」
彼の前に回りこみ、笑顔を貼りつけて話しかける。
「素直に『先生』と呼んでください。変なあだ名をつけないで」
呆れたような声が返ってきた。
「じゃあ、けんちゃん先生!」
「『けんちゃん』はいりません。前に何もつけず、『先生』と呼んでください」
彼はちゃんと俺を見て話してくれている。先程までと違って。そんなことを考えてしまっている自分に呆れる。
――当たり前だろ、二人きりなんだから。
「『先生』はつまんないよ。仲良くもなれなそうだし」
――そうだ。俺は彼と仲良くなりたいだけだ。俺は、自分と性格が違う人のことも理解したいと思っている。とっかかりを探るために、バカなふりしてハイテンションで話しかけているのだ。
「仲良くなれなくて結構。僕は生徒と馴れ合いをするつもりはありませんので」
ふいっと顔ごとそらされてしまった。
「けち」
口を尖らせながら勉強机に向かうと、彼の深いため息が聞こえた。
「君は、家庭教師を『友達ごっこ』ができる存在だと勘違いしてませんか? 僕は君に勉強を教えるために雇われています。それ以外は僕の仕事ではありません」
彼が、後ろ手でぴしゃりと部屋の扉を閉めた。今の衝撃で、俺と彼の間に見えない扉が立てられてしまったような気がした。
――でも「僕」って言った。母さんの前では「私」だったのに。俺に少しは気を許してくれているのかもしれない。
言っていることは厳しいが、少しだけ彼に近づけたような嬉しさを覚えてしまう。
――嬉しい? なぜ?
――先生と仲良くなれた気がするから、だろ? それ以外に何がある?
俺はぎゅっと目を瞑った。おかしい。彼が家に来てから、俺はずっとふわふわしている。まるで自分ではないみたいだ。
「なんですか。僕の顔を見ても問題は書いてませんよ」
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