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雪のような人 7

 横を見ると、彼は少し俯いて、手を擦り合わせていた。俺が座っている椅子よりも、折り畳み式の椅子の方が座面が低いから、自然と見下ろすような形になる。  もごもごと歯切れの悪い声が聞こえてくる。 「勉強についてはありませんが――」  彼は言いよどんで、俺を上目遣いで見た。すぐにまた目をそらされる。髪の毛の間から見える耳が、ほんのり赤く染まっていた。 「大縄跳びと跳び箱と鉄棒については、考えたことがあります……」  思わず吹き出した。さっきまであんなに偉そうに語っていたくせに、急に子供っぽいことを言い出したからだ。  ほぼ初対面の俺相手になら、いくらでも嘘をつけるはずなのに、恥ずかしがってまで自分の弱点を教えてくれた彼の誠実さを、好ましく思った。 「先生、運動苦手なんだ」  俺がからかうと、彼は体を小さくした。 「体育の授業は地獄でした。みなさんが抱いている僕の評価が、目に見えて落ちていくのが分かるので」 「評価?」  俺が首を傾げると、彼がこちらを向いた。のぼせたように顔全体が赤く色づいている。うっすら涙の膜を張った瞳に見上げられ、俺の心臓が跳ねた。  ――うおっ! なんだ、今の。  動揺したことに動揺して、俺は思い切り彼から顔を背けてしまった。変に思われたかもしれない。 「僕は、減点法なんです」  彼の声の調子が先程までと変わらなくて、ほっとする。恐る恐る、顔を彼の方に戻した。俯いているせいか、彼の顔に影ができている。相槌に悩んでいたら、彼が顔を上げて勝手に続きを話し始めた。 「僕、顔だけは整っているので、モテると思われがちなんです」  軽やかな口調。喋っている内容が聞こえなければ、「今日のおにぎりの中身は鮭です」程度のことを話しているように見えるだろう。  ――いやいや、イケメンだって自覚してるのかよ。  呆れるを通り越して、いっそ清々しい。 「俺も先生のこと、かっこいいと思うよ。絶対モテるでしょ」  人から言われたらどんな反応を示すのか気になって、目をのぞきこんでみると、彼はすました表情で「ありがとうございます」と言った。  彼が自分の容姿に絶対的な自信を持っているという事実が強調されただけだった。彼は|飄々《ひょうひょう》と続ける。 「でも、実際は全然モテません。周りの人たちが声をひそめて喋っていました。あいつは顔がいいだけ、頼りない、運動ができない、毒舌すぎる、理屈っぽい、根暗、賢いけれど融通がきかない、等々。僕みたいな顔の人は、第一印象がいいでしょう? それだと減点法なんです」  よく分からなくて首を傾げてみせると、彼がかすかに笑った。 「君みたいなタイプは加点法ですね。やんちゃな見た目、年上でも初対面でも関係なくタメ口をきくような君は、第一印象が良くありません」 「今、さりげなく俺のことをけなしたよね!?」  俺の抗議の声は無視された。 「そんな君が、気まぐれで廊下に落ちているゴミを拾ったとします――」 「俺、落ちてるゴミはいつも拾ってるよ」  口を挟むと、彼がめんどくさそうに眉根を寄せた。 「たとえ話であって、事実を確認したいわけではないので黙っててください」 「……はい」  俺の話を聞く気はないようだ。口をつぐむ。 「君みたいにやんちゃな人がゴミを拾ったら、『意外といい人だった!』となるわけです。逆に僕の場合は、ゴミを拾っても好感度は上がりません。『当たり前』だからです。でも、すれ違ったクラスメイトの挨拶をうっかり聞き逃して、返事をしなかったりすると『感じ悪い』と思われるんですよ。僕が挨拶を無視したら、たとえそれが一度きりであっても、『期待を裏切られた』という気持ちが相手に残るんです。期待、なんて勝手にされても困るんですけどね」  相変わらず軽い口ぶりだが、彼の声がわずかに沈んでいるような気がして、何か言わなきゃと思った。 「わざと無視したわけじゃないんだから、先生は悪くないんじゃない?」 「だからこれは『たとえ話』であって……はぁ、もういいです」  彼がため息をつき、額に手を当てた。 「なんで!? 俺、変なこと言った?」  ちらりと俺を見た彼が、独り言のように呟いた。 「減点法よりは、加点法の方が絶対いいです。だから僕は髪を伸ばしているんです」 「どういう意味?」  俺が問うと、彼は腕時計を見て顔をしかめた。 「もう十七分も無駄にしてしまいました」 「俺は、先生のことを少し知れた気がして、嬉しかったよ」  彼が机の上からテキストを持ち上げ、俺の眼前に突き付けてきた。 「僕に関する情報を覚える余裕があるなら、勉強してください。脳のメモリがもったいない。『角巻健人』は受験の科目にありませんよ」 「でもこれ、中一のやつだろ?」 「だから何です?」  冷ややかな声だった。

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