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雪のような人 9

「もうそんなに進んだんですか?」  落ち着いた角巻先生の声が背後から聞こえ、俺は飛び上がった。数学の問題集を解いているところだった。気づけば単元は「正の数・負の数(3)」まで進んでいた。先生が出て行ってから、十分しか経っていなかった。 「まあ。問題数も少ないし……」 「貸してください。せっかくですから丸付けします」  先生が鞄から布製の細いペンケースを取り出した。三色ボールペンと細身のシャープペンシル、消しゴムしか入っていない。  先生は三色ボールペンを手に取ると、立ったまま俺の回答を丸付け始めた。  しゃっ、しゃっ、と赤ペンを走らせる音が部屋に響いた。それを聞いていると、なんだかワクワクした気持ちになってくる。  結果は全問正解だった。 「よくできました」  先生がにっこりと微笑んで、花丸まで描いてくれる。描き慣れていないのだろう。形は少しいびつだった。見るだけで笑いがこみ上げてきた。花丸なんて、小学生の頃以来だ。あの時はまだ、テストで百点を取って、母さんに褒められたりしてたっけ。  浮かれそうになる気持ちを必死に抑え込む。 「でも中一の問題だし。逆に、全部丸じゃない方がまずいでしょ?」 「もっと素直に喜んだらどうですか? 本当は嬉しいんですよね? 顔に書いてありますよ」 「は? 別に嬉しくないし。見間違いじゃない?」  冷たく言ってみたけど、先生がくすりと笑ったから、全然効果はなかったみたいだ。 「君が問題集を開いてくれて、僕も嬉しいです」  優しい声。思わず顔を上げると、先生が穏やかな表情で俺を見ていた。 「さっきはひどいことを言ってしまい、申し訳ありませんでした。テストを見て、この様子ならコツをつかめば伸びそうだと思ったのに、やろうとしない君を見るのが悔しかったんです。僕も全力で君をサポートします。君を『馬鹿』のままではいさせません。覚悟しててくださいね。期待してますよ」  期待してますよ。耳から入った言葉が、頭の中で反響する。  誰かに期待されたのなんて、久しぶりだから戸惑った。でも、先生を失望させるような行動は取りたくない。先生が描いたバランスの悪い花丸を見て、そう思った。

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