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犬と猫 4

  *  先生が家に来るようになってから二週間が経ち、二月になった。先生が「同じ問題を、答えを覚えるまでやりこんでください」と言ったから、言いつけを守って、先生お手製の問題を毎日繰り返し解いてきた。  今日先生が持ってきたのは、A4二枚のプリントだった。一目見て分かった。毎日解いてきた問題の類似問題だ。数学は数字が違うだけ。英語は、穴埋め問題が単語を並べ替えて文を成立させる問題になっている。 「制限時間は二枚で二十分です。どうぞ」  先生がスマートフォンのタイマーを起動した。  俺はシャープペンシルを走らせた。そう、走らせることができた。  二週間前までの俺なら、ちらっと見ただけで解けないと決めつけて、諦めていたことだろう。今やっているのは高校一年生の復習のほんの一部だから、これができるようになっても、まだまだ先は長い。それでも大きな手応えを感じていた。 「はい、やめてください」  先生の事務的な声に顔を上げ、シャープペンシルを机に置いた。俺は深く息を吐きながら、腕を前に伸ばした。 「なんだか自信がありそうですね」  先生がくすりと笑う。横を見ると、嬉しそうな先生と目が合った。 「まあ、少し」  俺は消しゴムのカスを集めるふりをして、先生から目をそらした。  先生がプリントを丸付けする音だけが部屋に響く。  横目で先生を見る。真剣な眼差しで、俺の回答をチェックしている。ずり落ちてきた眼鏡を、左手の人差し指の付け根で押し上げた。ペンを持つ右手は、全ての指が軽く曲がっているせいか、とてもしなやかに見える。呼吸に合わせて伸縮する先生の上半身を見ていると、心臓が早鐘を打ち始めた。  ――緊張する。前よりは解けたと思うけど、不安は残る。知識がきちんと身についたのか、知りたいけど、怖い。  かちっ。先生がボールペンの芯を戻す音が聞こえた。 「終わりました」  俺の前にプリントが戻ってくる。最初に目を細めて確認すると、花のような形が見えたので、驚いて目を開けた。花丸が二個、並んでいた。 「おめでとうございます。満点です」  先生が拍手をくれる。 「満、点……」  全て解けたのだ。自分の力だけで。手応えはあった。だが、ここまでできるようになったとは思っていなかった。 「よく頑張りましたね。僕がここにいない間も、問題を繰り返し解いたのだな、ということが分かる答案でした。君はやればできる子だ、という僕の見立ては当たっていましたね」  なぜか先生は得意げだった。 「『子』って、先生と二歳しか変わらないんですけどー!」 「そういう反論のしかたが子供っぽいんですよ」 「俺が子供だとしたら、先生はおっさんだからな!」 「二歳しか変わらないですし、僕はまだ十代です」 「俺とおんなじこと言ってる! ブーメランだよ、|健人《けんと》おじちゃん!」 「おじさんじゃありません。ぴちぴちの十九歳です。法律でお酒を飲むことを禁じられているくらいの《《ぴちぴち》》っぷりです」 「ぴちぴち、ぴちぴち、うるさいな! 魚か!」  素直に喜ぶのが恥ずかしくて、くだらない冗談でごまかしてしまったが、先生が「やればできる」と思っていてくれたことがとても嬉しかった。

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