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赤いバラ砕けて 2
二月十四日。持参した紙袋が二つ分いっぱいになるくらいお菓子をもらった俺は、少しうんざりしながら帰路についていた。前に男友達に「ありすぎて困る」と漏らしたら「おれは一個ももらえないのに、嫌味かよ」と言われたから、それからは喜んでいるふりをしているけど。
別に告白されるわけじゃない。男女問わず、友だちがくれるのだ。手作りのものから市販のものまで。「餌付け」だとか「日頃のお礼」だとか「余ったから」だとか「本命に渡す前に味見をしてほしい」だとか、理由はさまざまだが、どれも軽いノリだ。もしかしたら本命なのかもしれないと思ったものもあるけれど、手紙がついていたわけでも、告白されたわけでもないので、彼女の本意は分からない。
俺のことを好きでいてくれて「ものをあげよう」と思ってもらえるのは嬉しい。甘いものも好きだ。しかし、これだけの量を食べ切るのは時間がかかる。そういう意味で「うんざり」なのだった。
「悠里ー」
あと少しで家にたどり着くというところで、女の人の声が聞こえた。隣の家に住んでいるかおり姉ちゃんが、俺の家の前で手を振っていた。三つ年上の姉ちゃんは、デパートの化粧品売り場で働いている。
小さい頃は家族ぐるみの付き合いで、よく遊んでもらった。それぞれが成長して、一緒に遊ばなくなってからも、なぜか毎年欠かさず、バレンタインデーには家に来て、俺にプレゼントをくれるのだった。
「久しぶり」
姉ちゃんに駆け寄る。姉ちゃんは俺の手元を見て言う。
「今年もいっぱいもらったね。モテモテじゃん」
「そんなことないよ。ただの友チョコ」
姉ちゃんは「気づいてないだけで、本命も混じってるんじゃないのー?」と笑った。
「はい。今年の分。甘いお菓子ばっかりもらってくるんじゃないかなって思ったから」
姉ちゃんが差し出してきた大きなビニール袋を受け取って中を見ると、ポテトチップスがパンパンに詰まっていた。目視で確認できるだけで、四袋は入っている。
「助かる」
「でしょー」
姉ちゃんが胸を張って俺にウインクしてきた。
「長い付き合いで、悠里の好みは把握してるんだから」
「ありがたい。しょっぱいもの最高!」
「『ハッピーバレンタイン』ですか」
後ろから声が聞こえて、俺は飛び上がった。
振り向くと、先生が立っていた。
「もう、びっくりさせないでよ!」
先生は俺の言葉には反応せず、黙ったまま俺の手元と姉ちゃんを交互に見ている。心なしか、表情が険しいような気がした。思わず後ずさると、姉ちゃんと先生が向き合う形になる。
「こんばんは」
姉ちゃんが、営業スマイルを浮かべて先生に会釈をした。
「悠里の幼なじみの奥田 です」
なぜか「幼なじみ」のところだけ声が大きかったように感じる。
「うちの悠里と、どういったご関係ですか?」
姉ちゃんが先生に詰め寄った。まるで保護者だ。先生が眼鏡に手をかけて目を細めた。
「奥田さん、初めまして。僕は、一月から悠里さんの家庭教師をしています、角巻です」
先生が手を差し出して、姉ちゃんがそれを握った。二人とも緩やかに唇を引き上げているものの、目が全然笑っていない。
「そうなんですね。よろしくお願いします。悠里、またね」
姉ちゃんがそそくさと立ちさった。俺が手を振って見送ると、先生からの視線を感じた。
――何? 今、いったい何が起こったの?
先生と姉ちゃんは、目だけで会話できていたように見えた。姉ちゃんがいなくなってからもその場を動こうとしない先生に視線を向ければ、今まで見たことがない表情をしていた。無表情に近いけれど、悲しみとも悔しさとも違った複雑そうな顔で、俺越しに隣の家をじっと見つめていた。
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