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赤いバラ砕けて 6

 部屋に戻ってから、スマートフォンを操作した。  バラ。花言葉。  検索窓に打ち込むと、一秒も経たないうちに回答が得られる。  赤いバラの花言葉は「愛情」「熱烈な恋」「あなたを愛しています」だった。俺が食べた黄色もついでに見てみる。「友愛」「平和」「愛の告白」「嫉妬」。  ふっと鼻で笑った。  ――あんなに「赤」を求めてたなんて、まるで俺が先生のことを好きみたいじゃんか。  考えた途端、鼓動が速くなった。  ――いやいや、まさか、ね。俺は男で、先生も男で、俺は今まで女の子しか好きになったことがない。  でも、胸が痛い。  その痛みは、好きな女の子が俺以外の男子と笑顔で話しているのを見た時のものとよく似ていた。  初めて会った時から、先生から目が離せなかった。一目ぼれ、だったのかもしれない。「きれいなひと」と思った瞬間から、俺は先生のとりこだったのかもしれない。そう考えると全ての辻褄が合う気がした。  初対面の日、先生が母さんにばかり話しかけていたのが面白くなかったのは、本当は俺の方を向いてほしかったから。  先生と仲良くなりたかったのは、先生の心に触れてみたかったから。  二人きりになったとき、一人称が「私」から「僕」に変わって嬉しかったのは、俺には飾らない態度で接してくれるのだと分かって、気を許してもらえた気がしたから。  先生の前で泣いてしまったのは、先生が俺の強がりを見抜いてくれて嬉しかったから。  くだらない質問を繰り返すのは、もっと先生のことを知りたいから。  「犬派」にときめいたのは、飼い犬に似ているという俺のことも好きだと言われたように感じたから。  勉強を頑張ったのは、先生の笑う顔が見たかったから。  先生をからかったのは、見たことのない表情をたくさん俺に見せてほしかったから。  クッキーを買って先生に渡そうと思ったのは、そして、赤いバラを食べたかったのは、先生のことが――。 「す」  ただの独り言なのに、続くもう一音が言えない。口をつぼめただけで顔から火が出そうだ。  気持ちを自覚してしまうと、今日の先生の態度が更に俺を苦しめた。 『僕を見下すのもいい加減にしてください』  そう言った先生の表情は、中学時代の二人のクラスメイトとそっくりだった。  ――あんたはぼくを見下してるんだよ。  ――勝手に人を(あわれ)んで、中途半端に手を差し伸べて、点数稼ぎして。いい人ぶってんじゃねぇぞ、この偽善者が。  あの日以来、気をつけて過ごしてきたつもりだった。相手のことを理解して、波風を立てないように努力してきたつもりだった。目上の人に敬語を使わなくなったのも、他人が俺のことをなめてくれやすいように、「俺はバカですよ」と示すためのパフォーマンスだった。  先生を見下していたつもりはない。でも無意識のうちに、「仲良くなって」「先生は」と思っていなかったか? それが態度にあらわれて、先生を怒らせてしまったのではないか? 自分の感情に、もっと自覚的にならなければいけなかった。なぜなら、俺は「偽善者」なのだから。  ――俺のせいで先生に嫌われた。やっと、好……きだって分かったのに。  いや。そもそも、最初の会話で「恋愛対象は女だ」と宣言し合っている。どこにもこの恋が実る可能性は見出せない。先生が好きなのは女性だし、俺に恋愛対象として見られているなんて思いもしないだろう。それだけで済めばいいが、この想いがバレたら、気持ち悪がって二度と会ってくれないかもしれない。  ――おかしい。今まで女の子しか好きにならなかったはずなのに。  ため息をついてベッドに倒れ込んだ。重力に負け、体が沈んでいく。いろんな感情が心の中で混じり合ってぐちゃぐちゃだ。もう何も考えたくなかった。

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