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それぞれの回顧 前編:田丸悠里 1
中学二年生の頃。「悠里は頼りになるから」という友だちの言葉を間に受けて、学級委員長に立候補した。
特に意識をしなくとも、昔から俺の周りには人が集まってきたし、行事でリーダーシップを取ることが多かったから、俺にはできるという自負があった。
「田丸に任せれば全部うまくいくもんなあ。頼りにしてるぞ」
当時四十代の男性の担任の言葉を、いまだに覚えている。職員室に日誌を届けに行った時、小さな飴とともにこっそりと告げられた言葉。浮かれて、絶対に先生の期待にこたえたいと思った。
今考えれば、クラスメイトからも担任からもおだてられて、完全に調子に乗っていたのだ。
俺のクラスには、高垣 駿 という小柄な男子生徒がいた。身長は百五十センチを少し超えるくらいで、本人もそれを気にしているらしかった。自信なさげにいつも俯き加減で身を小さくしているせいで、余計に身長が低く見えた。
「チビガキどん、黒板消しといて。あ、その身長じゃ無理かあ」
バレーボール部の兼山 さんが、机にお尻を乗せて、足を組み、高垣くんを嘲笑う。身長百六十センチの彼女が彼のことをからかうようになったのは、新学期が始まってすぐのことだった。
小さいし反応が鈍いから「チビ垣鈍 」。
ひどいあだ名で呼ばれても、高垣くんは表情を変えなかった。黙って黒板消しで前の授業の板書を消していく。俺は、そんな彼を見ていられなかった。
移動教室の時、一人で席を立つ彼を見つけて、俺は手元の教材を腕に抱えた。彼が廊下に出たのを見計らい、あとをついていく。彼の隣にぴたりとつけ、小声で話しかけた。
「高垣くん。一緒に行こう」
頭の中では、担任の言葉「頼りにしてるぞ」がちらついていた。
彼は俺を一瞥すると、すぐに前を向いてわずかに口を動かした。
「勝手にすれば」
それを肯定と受け取った俺は、それから一方的に彼に話しかけるようになった。
「体育のペア組もう」
「一緒にご飯食べよう」
「提出しなきゃいけないプリント忘れてた! 答え見せて」
彼も拒否してこなかったから、受け入れてくれているのだと思っていた。
ある日の休み時間、高垣くんのところに行こうと思って立ち上がった瞬間、誰かに肩を叩かれた。俺に学級委員長をすすめてきた友だちの一人、佐々木だった。
「悠里、最近高垣と一緒にいるよな。どうした?」
と耳打ちされる。
「仲良くなったんだ」
「二人でどんな話してんの? 全然想像つかないんだけど」
「どんな話って……」
俺は悩んだ。思い返せば話しているのは俺ばかりで、高垣くんは無表情で前を見つめているだけ。
――これは、「仲良くなった」と言えるのだろうか。
「まあ、いろいろだよ」
佐々木は「ふうん」と興味なさげに言うと、周りの様子をうかがってから声をひそめた。
「気をつけろよ。兼山が悠里に目をつけてるらしいぜ」
「えっ? どういうこと?」
「俺も聞いた話なんだけどさ、みんなの人気者で学級委員長の悠里が、あえて『チビガキどん』にまとわりついてるのが気に入らないみたいだ。悠里もヒガイに遭わないように気をつけろよ」
ヒガイ。被害。俺が頭の中で漢字変換するまでの間に、佐々木はその場を立ち去ってしまった。
ストレッチするふりをして手を上に伸ばし、首を回した。自分の席で背中を丸める高垣くんと、教室の後ろの方から彼をじっとり見つめる兼山さんが見えて、俺は身震いをした。
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