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それぞれの回顧 前編:田丸悠里 2

 放課後、教室を出ようとしている高垣くんを追いかけると、後ろから声が聞こえた。 「おい、チビガキどん。なんか面白そうなもんくっつけてんじゃん」  兼山さんだった。俺と目が合うと、ニヤリと笑った。高垣くんに呼びかけたくせに、視線は俺から動かない。蛇ににらまれた蛙のように、体が硬直しかけるが、まばたきをして思い直す。  兼山さん。去年両親が離婚したものの、よりを戻して再婚。仲直りしたとほっとしたのも束の間、現在二度目の離婚調停中。しかも部活では一年生にレギュラーの座を奪われて心が荒んでいるらしい。  周りの人の噂話でその情報を得てから、俺は彼女のことを「かわいそう」だと思うようになった。本当は愛情を注いでもらいたいだけなのに素直になれず、人をいじめて鬱憤を晴らそうとしている、不器用なひと。  俺はなるべく表情を動かさないようにして、兼山さんに向き合った。教室には俺たち三人しか残っていない。 「チビガキどんもこっち向けよ」  渋々といった感じで高垣くんも兼山さんの方に体を向けた。  兼山さんの真っ赤な唇が、ぐわんと嬉しそうにゆがんだ。 「あんたら最近仲良いみたいじゃん。どうした?」 「仲良くない。勝手についてくるだけ」  俺が口を開く前に、高垣くんが答える。尖った声だった。やっぱり一方的なつきまといとしか思われていなかったのだと分かって、少しショックだ。 「ふうん。委員長くんはどうなの?」 「俺は、仲良くなりたいって思ってる」 「へぇ。じゃあさ、チビガキは委員長くんのことどう思ってるの?」 「ぼくは……」  高垣くんは、俺をちらりと見ると俯いてしまった。 「何? 遠慮せずに言ってみなよ。嘘ついたら、クラスじゅう巻き込んで、《《ちゃんと》》いじめてやってもいいんだぞ」 「ずっと、嫌だった。情けをかけられてるみたいで」  高垣くんはポツンと漏らしただけなのに、胸にナイフで貫かれたような鋭い痛みが走った。俺の顔を観察していた兼山さんが、声を出さずに笑った。それを見て、「俺、かなり傷ついた顔をしてるんだ」と思う。 「やっぱり? あたしも、チビガキの立場だったら、きっとそう思うよ。続けて」  ずいぶんと嬉しそうな声で、言う。高垣くんはもう、口を動かすのをためらわなかった。 「田丸くんは、『かわいそうなクラスメイトと仲良くしてあげる俺』に酔ってるだけなんじゃないかって、思う。本当はぼくに興味なんてないでしょ?」 「そんなことないよ」  即座に否定した。 「じゃあさ、プライベートな質問してきたことあった? ぼくの誕生日、好きなもの、嫌いなもの、分かる?」  俺は黙るしかなかった。だって俺は、高垣くんに一方的に話しかけていただけだ。高垣くんのことなんて、何一つ知らない。 「ほら、答えられないじゃないか」  高垣くんはひやりとした笑みを浮かべた。 「あんたはぼくを助けたつもりかもしれないけど、ぼくは全然楽になってない。あんたがぼくを助けたのは正義感からじゃない。優越感だよ。自己満足だよ。クラスメイトからも担任からも『孤立してかわいそうな人に手を差し伸べる、優しい学級委員長』と思われて、株が上がって、さぞかし気持ちいいだろうね」 「気持ちいいとかそんな――」  高垣くんは俺に話す隙を与えてくれない。 「あんたはぼくを見下してるんだよ」  高垣くんが顎を上げて、俺をにらんだ。彼を見ようとすると、どうしても見下ろす形になる。上から。物理的に。多分、精神的にもそうなんだろう。高垣くんがこんなに怒っているのだから。 「きゃはっ。見下していた相手に逆に責められるなんて、今どんな気持ちー? カワイソウだね」  語尾に星マークでもついていそうなテンションの高さで、兼山さんが俺を煽ってくる。  兼山さんが自分の髪を(もてあそ)びながら言い放った。高垣くんはしばらく黙っていたが、やがて意を決したように顔を上げた。

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