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それぞれの回顧 後編:角巻健人 1

 次の日――土曜日の朝九時頃、俺はメッセージの着信音で目を覚ました。寝ぼけまなこでスマートフォンを確認する。母さんからだった。 『悠里。今日の昼、何か予定ある?』  母さんは昨日、「明日は仕事だから勝手に食べてね」と言っていたはずだ。 『ないけど、なんで?』 『美奈子さんから連絡がきて、健人くんが悠里に会いたいんだって。二人で話したいことがあるんだってよ』  「会いたい」の文字を見て、心臓が跳ねた。  ――いい話? それとも悪い話?  どちらにせよ、先生に会えるという事実に、身体中が喜びを表していた。 『家庭教師の時じゃダメなのかな?』 『プライベートな話だから、給料が発生している時間に話すのは申し訳ないんだって。十二時にうちに来たいって言ってるみたいなんだけど、どう?』  先生が俺にチャンスをくれたんだ。何の根拠もなくそう思う。ベッドから飛び起きた。 『わかった』 『それまでに準備しておきなさいよ? じゃあ美奈子さんに、悠里は大丈夫だって伝えておくね』 『うん』  心臓の動きが激しいせいで、文字を打つ指が震えた。  スマートフォンを枕元に置いて、時計を見上げる。約束の時間まであと三時間弱。  ――何着ようかな。  唐突に浮かんだ考えがすぎて、俺はベッドの上でうずくまった。  ――浮かれすぎだ。謝るだけなのにおしゃれしてどうする! 先生に不審がられそうだ。  だからといって、いつも通りパーカーを着るのもはばかられて、シャツの上からニットセーターをかぶった。謝罪をするのだから、襟付きの方がよいだろう。  着替えながら、鼻歌を歌っている自分に気づき、呆れた。昨日あんなに落ち込んで反省したくせに、先生から「プライベートのお誘い」を受けただけで、こんなにテンションが上がっているのだ。先生に拒絶されることなど考えていないような自分を戒めるために、「俺はこれから先生に謝るのだ」とたびたび言い聞かせたが、すぐに気持ちが緩んでしまう。  高揚した気分を沈めるために、あえて最悪なパターンを考えることにした。  ――先生がしたい話って、どんな話なんだろう。家庭教師辞めますって話かな? でも、それなら母さんも一緒だろうし、わざわざ休日に二人で話す必要はないだろう。昨日の出来事に関係する話なのは間違いないと思う。やっぱり、俺が「先生を見下してた」話だよな。何言われるんだろう。高垣くんや兼山さんみたいに、感情をぶつけてくるのかな。……いや、先生は理屈っぽいところがあるから、根拠を示しながら、ちくちくと痛いところをついてきそうだ。いずれにせよ、先生の感情は全部受け止めないと。それが俺の責任の取り方だ。覚悟は決めたんだから。  ふう、と息を吐いた。「落ち着く」を通り越して、落ち込んできた。  ――先生はどんな顔をしてうちに来るのだろうか。絶望、非難、嫌悪、落胆。逆に爽快? 分からない。  どれくらい経ったのだろう。はっとして、時計を見ると、九時半を回ったところだった。そこまで空腹なわけではないが、ロールパンを焼いて食べることにした。何かすることで気を紛らわしたかった。

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