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自分を変える一歩目 1

 次の家庭教師の日、先生を見た瞬間、大袈裟でなく息が止まった。先生が髪の毛を切ってきたのだ。  前髪はもちろんのこと、横と後ろも短くなっていた。目元にも耳にも首周りにも髪の毛がかかっておらず、すっきりとした印象だ。透明感のある肌を惜しみなくさらすような髪型になっていた。 「自分を変える一歩目として、髪を切りました。……どう、ですかね?」  後頭部に手を添えて、先生がはにかんだ。顔がよく見えるようになったぶん、笑顔の破壊力が増した。白くてすべすべしそうな首に触れてみたいと考え始めた自分に気づき、かーっと顔に熱が集まるのを感じた。 「かっこいいよ」  辛うじて絞り出せば、言われ慣れている言葉だろうに、先生がなぜか照れたように顔を赤くした。 「あ、りがとう、ございます……」  前に同じような会話をしたときは、全く動じていなかったと思うが、何か心境の変化でもあったのだろうか。  いつものように、先生の解説つきで復習プリントを一時間こなした俺は、先生と一緒に部屋を出た。  この日は、母さんと話をする約束をしていた。ファミレスで俺が「A大に行きたい」と宣言したあと、「田丸さんにもきちんと伝えた方がいい」と先生が言い出したためだ。  母さんには予め、時間を取ってもらうようにお願いしてある。「ちゃんと言えるか分からないから、そばにいてほしい」という俺のわがままをきいて、時間外にもかかわらず、先生も同席してくれることになっていた。 *  リビングのテーブルを三人で囲む。先生と初めて会った日と違うのは、母さんが俺の正面、先生が俺の右隣にいることだ。 「どうぞ」  母さんが三人分のお茶を入れて、それぞれの目の前に湯呑みを置いてくれた。 「ありがとうございます」  先生が、お礼を言いながら自分の近くに湯呑みを引き寄せた。横目で見られている気配がした。  俺は深呼吸をして、居住まいを正した。母さんは、俺が話し出すのを静かに待ってくれていた。 「目標ができました。A大の教育学部に行きたいです」  一息で言うと、母さんがわずかに顔をしかめた。 「A大学? 本気なの? なんとなく決めたんじゃないの?」 「今はなんとなく、だけど。でも行きたいんだ」 「それに、なんで教育学部?」 「小学校の先生になりたいって思ってる」 「悠里が『先生』ねぇ……」  母さんが頬杖をついて考え込んでしまった。俺がこんなことを言うのは初めてなのだ。戸惑うのも当然だろう。 「一ヶ月しか関わっていない私が言っても説得力がないかもしれませんが、息子さんには教師の適性があるように思いますよ」  先生が隣から言い添えてくれる。母さんが、肘をついたまま首をひねって先生を見た。 「そういえば健人くんも教員志望だったわよね。健人くんはどうして先生になりたいって思ったの?」 「お恥ずかしいのですが、私も『なんとなく』に近い理由です。私の父は今、中学校の教頭をやっていて、母は学校事務職員でした。だから、教師という職業が身近だったのです」  初めて聞く話だった。先生は、バツが悪そうに湯呑みに視線を落とした。 「自分も教員になるものだ、と幼い頃からずっと思ってきて、何の疑いもなく教育学部に入りました。教員免許の取得が卒業の条件なので、一応教員を目指すべく授業を取っていますが、正直に言うと、少し迷っています。大学で学ぶうちに、どうも適性がないように思えてきたのです。私は人と接するのが苦手ですし、教えるのも得意ではありません。私に教えられる生徒は、不幸なのではないかと考えてしまう日もあります」  「そんなことない」と言いたくて口を開いたが、先生の手が俺の太ももに触れた。横を向くと、大丈夫だと言うように力強く頷かれる。先生は俺から手を離して、母さんに向き直った。 「でも、息子さんは違います。しっかり人と向き合う強さを持っていらっしゃるように見受けられます。順風満帆な人生を送ってきた人よりも、苦手なものがあったり、痛みを知っていたりする人間の方が、子供たちに寄り添える、素敵な教員になれると私は思います」  先生の言葉に、体がむず痒くなった。「だったら先生だって、教師に向いてるじゃん」と思ったけど、先生はその矛盾に気づいていないようだった。

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