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自分を変える一歩目 2
「息子さんは、目標を決めたらそこに向かって努力できる人間だと思います。だから、息子さんの夢を応援してあげてください」
一瞬だけ触れられていた太ももが、じわじわと熱を帯び始める。
――母さんの前で、先生に褒められた。
太ももから熱が上がってきて、体がほてりそうになる。慌てて湯呑みに手を伸ばして、熱いお茶を飲み下した。
母さんが「応援していないわけじゃないのよ」と呟いた裏で、ほっと息を吐く。
――お茶のおかげで体が温まった。先生のせいではない、断じて。
真面目な顔を作りなおして、母さんの方を見る。
「お金はどうするつもりなの?」
母さんに尋ねられて、少しだけ余裕が生まれた。頭の中でずっとシミュレーションしてきた言葉だったから、よどみなく答えられた。
「奨学金を借りる。バイトもする。母さんには迷惑かけないから」
「分かってる? 奨学金って借金だよ? 社会に出ると同時に借金を背負うんだよ。そこまでする覚悟はあるの?」
「うん。ある。返さなくていい奨学金もあるみたいだけど、多分俺の成績じゃ厳しいし。大学卒業したら、一生懸命働くよ。母さんは嫌なの?」
俺が即答すると、母さんが額に手を当てて、深いため息をついた。
「なにも、悠里に大学に行ってほしくないわけじゃないの。悠里にやりたいことができたのは嬉しい。お金があれば諸手を挙げて賛成したわよ。でも、悠里に奨学金を借りさせることになるのは、申し訳ないしかわいそうだと思ってしまう。そこまでやる必要があるのかなって思ってしまうの。大学に行くにしても、市内の大学なら、うちから通えば生活費はかからないわけでしょう? 小学校の先生になりたいだけなら、A大にこだわる必要もない。もっと悠里の学力に合ったところを選べばいい。そんなに必死に勉強を頑張ってまで、A大に行きたい理由って何? 教えて」
「私も聞いていないので、知りたいです」
先生も便乗してきた。理由は明確なのだが、言葉に詰まった。
「……健人先生がいるから」
ぼそりと呟いたら、二人はどんな顔をするだろうか。
先生を困らせてしまうのが分かるし、母さんだってこんな下心たっぷりの理由では納得してくれないだろう。
適切な言葉を探そうとするが、「先生と一緒に大学生活を送りたい」と心が叫んでいて、頭の中では先生と俺が、母さんの前で抱擁をしはじめたせいで何も思いつかない。妄想をかき消すように、俺は髪の毛を触った。
――こんなの、誰にも言えるわけがない。
「ごめん。大学について調べたわけじゃないから、ちゃんとは言えない。でも、俺、頑張ってみたいんだ」
理由になっていないような回答しかできない。当然ながら、母さんが呆れ顔で俺を見た。
俺が黙っていると、先生が息を吸う音がした。
「田丸さんは、こんな話を聞いたことはありませんか? 『早いうちから安全圏の学校を志望していると、安心してしまって、学力が落ち、最終的には安全圏ですら合格が危うくなってしまう』と」
「そういえば面談の時に、担任の先生から聞いたような気がするわ」
「受験までまだ一年ありますし、今から志望校のランクを落とす必要はないと思います。理由は何であれ、やりたいと思えることができたのは喜ばしいことです。今のところはA大合格を目標にして頑張らせてあげませんか? 学力と相談して受験校を決めるのは、来年の冬でも遅くないのではないかと思います。――まあ、すべて高校時代の担任の受け売りですけどね」
先生が空気を和ませるように笑って、湯呑みに口をつけた。
「そうねぇ、健人くんがそう言うなら……」
母さんは納得し切れていない顔をしていたが、俺と目が合うと、しかたないと言うようにため息をついた。
「私、受験のことはよく分かんないから、とりあえず担任の先生に相談してみて」
「分かった」
「悠里、決めたなら頑張んなさいよ」
母さんは俺の方を向かずに、湯呑みを片付け始めた。その口元がかすかに笑っているように見えるのは、勘違いではないと思いたい。
A大にこだわる理由をきちんと答えられなかったのに、母さんも先生も背中を押してくれた。この二人のために、ますます勉強を頑張らないといけない。俺は、机に頭を擦りつける勢いでお辞儀をした。
「ありがとうございます。二人ともよろしくお願いします」
耳元で「よくできました」という囁き声が聞こえたような気がしたけれど、これは完全に勘違いだろうと思った。
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