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自分を変える一歩目 3

「近藤先生」  翌日、朝のホームルーム終わりに、教室を出たところで担任を呼び止めた。進路指導担当だから、ちょうどいいと思ったのだ。三十代後半の男性で、担当教科は英語。独身。天然パーマなのか、鳥の巣のように複雑に絡まり合った癖っ毛だ。細身だが、百八十センチ超えの高身長で、隣に立つと少し居心地の悪さを感じる。鷹のような鋭い目つきをしている上に、口はいつも「へ」の字に引き結ばれているため、一見すると近寄りがたい雰囲気を醸し出しているのだが、なぜか生徒からは人気があった。 「田丸から話しかけてくるなんて珍しいな。どうした」 「今お時間よろしいですか?」  誰にでもタメ口を使うようにしている俺だが、近藤先生にはずっと敬語を使っていた。始業式で初めて「先生、これからよろしく!」と話しかけた時に、「俺、年上に敬語使わないやつは信用しないから。俺に嫌われたければそのままでどうぞ」と凄まれたからだ。  タメ口で距離を詰めるつもりが、逆効果になることもあると教えてもらった出来事だった。そういえば、健人先生も「年上でも初対面でも関係なくタメ口をきくような君は、第一印象が良くありません」と言っていたじゃないか。相手の懐に入るために取っていた行動が裏目に出ているなんて、つくづく自分はバカだなあと思う。  黙ったまま立っている俺にしびれを切らしたようで、近藤先生が舌打ちをした。この先生は不機嫌を隠そうとしない。そういう正直なところが生徒から慕われる理由なのかもしれない。 「用があるならさっさと言え」  ぶっきらぼうに言う近藤先生の眉間には、消えないしわがある。それのせいで、実年齢より老けて見える。授業に入る前の雑談で、「スーパーで子供が近づいてきたから、適度に相手してたら、母親が駆け寄ってきて、子供に言うわけ。『ほら、行くよ。おじさんにバイバイしな』って。俺、まだ三十代だぞ」とため息をついていた姿を思い出してしまった。  おじさんじゃありません、という健人先生の声が脳内で再生されて、回想に浸りそうになる。だめだ、朝の時間は限られている。俺は目の前にいる担任を見つめて、現実世界に集中するように心がけた。 「進路について相談したいことがあります」 「その話、長くなるか?」 「短いです」 「じゃあ今すぐ言え。俺は忙しい」  近藤先生は、わざとらしい動きで腕時計を確認した。俺はまばたきをせずに言った。 「A大に行きたいです」 「……全然短い話じゃないな」  先生のしわがより深くなる。 「え。ひとことで言ったじゃないですか」 「そういうことじゃない。この話をするには、時間が全然足りないってことだ」 「じゃあ、どうしたらいいですか?」  先生が「うーん」と唸りながら頭をかいた。 「放課後……は部活だよな? 昼休みに入ったらすぐに進路指導室に来られるか?」 「分かりました」 「じゃ、そういうことで」  先生は俺に背中を向けて、上にあげた右手をひらひらっと振ってみせた。そのまま振り返らずに立ち去る。その後ろ姿を見て、「こういうのが『信頼できる大人』なのかもしれない」と思う。これは、俺の中学時代の担任に対して、健人先生が (いきどお)ってくれなければ気がつかなかったことだ。俺は今まで、あの担任のことを「自分を認めてくれるいい人」だと思っていたのだから。  近藤先生も、健人先生も、俺のことをしっかり見て、悪いところをズバリと指摘してくれる。そんな人がそばにいてくれることが、とてもありがたいと思った。

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