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自分を変える一歩目 7
「君はA大に行きたいんでしょう?」
「うん」
「なら、僕じゃだめです」
あまりにも悲しげに笑うから、先生が遠くに行ってしまうような気がして。
「でも、A大に行きたいと思えたのは、先生のおかげなんだよ!」
つなぎとめたくて、必死に言葉を探す。
「ありがとうございます」
「適当に流さないでよ! お世辞じゃないよ。俺が嘘つけないこと、先生はよく知ってるだろ? 今、俺が頑張れてるのは、全部先生のおかげなんだよ。だから、先生とこのまま受験まで頑張りたいよ」
――行かないで。いやだ。
「そんなに慕ってくれるのは嬉しいですが、勉強の習慣が身についたのも、進路を前向きに考えるようになったのも、全部君が頑張ったからですよ。家庭教師に来たのが僕じゃなくても、きっとそうなっていたと思います。だから、これからも頑張ってくださいね。応援してますから」
「先生じゃなきゃ、いやだよ……」
自分でも呆れるくらい、他の言葉が出てこなかった。先生は俺との会話は終わったとばかりに、母さんに話しかける。
「大学の同期が家庭教師のアルバイトをしているので、彼に情報を聞いておきます」
「ありがとう。助かるわ」
「健人先生がいい……」
「悠里、いつまでわがまま言ってるの!」
母さんが怒号を放った。びくっと全身が震えた。いらだちを隠さない、冷たい声で母さんが続けた。
「『A大に行きたいんだったら本気でやれ』って、近藤先生に言われたんでしょ? 別に私はいいよ。悠里が他の大学にするって言うなら、それで。もちろん、健人くんが了承してくれたらだけど、健人くんにこの後の一年間も頼んで、それなりのとこに行けたらいいやって言うなら、それでいいよ」
「自信はありませんが、『今より少し学力を上げたい』という感じであれば、できるかもしれません」
言葉通り、先生の声は弱々しかった。
「悠里は、どっちがいいの?」
「俺は――」
先生と母さんの視線が、俺に注がれている。A大を目指すために、先生を諦めるか、この先の一年間も先生と会うため、A大を諦めるか。
「少し、考えさせてほしい」
ひどく情けない声が出た。
「あっそう。じゃあ三月が終わるまでに結論を出しなさい」
母さんの言葉に、頷くしかなかった。
「力不足で申し訳ありません」
「先生が謝るのはおかしいって! 勉強ができないのは俺の問題だから」
先生が頭を下げたので、慌てて止める。何とも言えない沈黙が流れて、先生が「帰ります」と呟いた。
「遅いから気をつけて帰ってね」
母さんが先生に声をかける。
「ありがとうございます。お邪魔しました」
入り口に立つ俺のすぐそばを先生が通り抜けたが、一度も目が合うことはなかった。
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