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知らないままでいたかった 3
飲み物片手に戻ってきた先生たちは、フードコートの中心部にある手洗い場の横の二人掛けの席を選んだ。向き合う形で椅子に腰かけたのを確認し、俺は移動した。その席から左に一つ、後ろに二つ離れた場所、先生の背中が斜め前に見える位置に座る。会話が聞こえるかどうか微妙な位置だったが、これ以上近づくとバレてしまう恐れがあるので、これくらいが限界だろう。
ほっと一息ついたのも束の間、自分が手に何も持っていないことに気がついた。フードコートの商品どころか、無料の水すら卓上にない。
――やばい。フードコートに丸腰で入って、そのまま座るなんて、怪しすぎる。
よほど気が動転しているのだと分かった。腰を落ち着けてちゃんと考えたら、二人の跡をつけた時点で怪しいし、盗み聞きもよくない。だからといって、すぐに立ち上がったら悪目立ちすると思った俺は、とりあえずスマートフォンをポケットから取り出して、SNSのアプリを立ち上げた。意味もなくスワイプを繰り返す。誰かと待ち合わせしている人間に見えていてほしい。五分くらいやりすごしたら立ち去ろうと思っていた。
*
いろんな人たちの話し声が混じり合い、さざなみのように広がって、フードコート全体がざわめきに包まれていた。だから、スマートフォンを取り出した時点で、二人の会話を聞くのは諦めていたのに。
「角巻くん、今日はありがとう」
うふふっという女性の笑い声が、はっきりと俺の耳に飛び込んできた。思わず先生たちがいる方向に顔を向けてしまった。
――カクテルパーティー効果っていうんだっけ、こういうの。
どうでもいいことを考えて、信じたくない事実から目を背けたがっている自分の存在に気づいてしまう。
――名字に「くん」づけってことは、きょうだいや従姉妹じゃない。
「どういたしまして」
先生の声が――俺に向けられていない先生の声が、切なく胸に響いた。
突然、彼女の大きな目が動いて、俺を捉えた。一瞬、視線が絡んだ。思わず背筋が伸びてしまう。ふにゃり。彼女の口元が緩んだ。彼女は上目遣いで先生の顔をのぞきこんだ。
「あのね。すごく楽しかったよ」
甘い声を出し、ほのかに赤い顔で、先生に微笑みかける彼女。先生は、どんな表情で彼女と向き合っているのだろう。見たい。でも、見たくない。
彼女の目を見て、分かってしまった。あの人は、先生のことが好きで好きでしかたないんだってこと。
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