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知らないままでいたかった 4
勝てないと思った。
二人が美男美女でお似合いだからとか、彼女がかわいいからとか、そういうこと以前に、俺は男で、あの人は女で、先生の恋愛対象は女だから。
彼女と同じ土俵にも上がれないのだと思ったら、火に焼かれるような強く激しい感情が襲ってきた。
これは嫉妬なのか? 嫉妬なら、今までも経験したことはある。だけど、こんなに強い痛みは知らない。こんなにつらいなら、知らないままでいたかった。
どうして好きになってしまったんだろう。好きにならなきゃよかった。先生と出会わなきゃよかった。
言葉が頭の中でちかちかと点滅し、そこまで考えてしまった自分自身にショックを受ける。
俺は、先生のおかげで勉強が好きになったし、大学受験っていう目標もできたのに、「出会わなきゃよかった」なんて、恩知らずすぎる。
頭で気持ちを抑え込もうとした。でも、痛む心はごまかせなかった。
――先生はこの人とデートする時間を作るために、家庭教師を辞めようとしてるのかな。髪を切ったのも、この人に好かれるため? 俺のことは、もうどうでもいいのかな。
泣きそうになり、慌てて左手を額に当てる。そのまま肘をついた。腹筋に力を入れ、息を止める。スマートフォンを顔の下に持ってくる。「俯き加減にスマートフォンを見る人」のできあがりだ。
――本当に「できあがり」か……?
土曜日のフードコートで、頭を抱えながらスマートフォンを眺めている人は「普通」じゃない。彼女には、俺が二人を見ていたことがバレている。近くの席を選んでしまったから、先生に気づかれるリスクも高い。早くフードコートから出た方がいいと思うのに、体が動かなかった。
「あの。大丈夫ですか?」
聞き覚えのある声が、上から降ってきた。ほら、やっぱり見つかってしまった。一番見つけてほしかった人。だけど、今は一番見つけてほしくなかった人。
俺は俯いたまま、まばたきを繰り返した。大丈夫だ、涙は落ちてこない。笑顔を作って、頭を上げる。驚いた表情の先生とばっちり目が合った。
「悠里……さん」
名前と敬称の間があきすぎて、一瞬呼び捨てされたかと思って、どきっとする。
「先生! 奇遇だね!」
大きな声を出した。
「あ、はい。そうですね……」
先生は明らかに困惑している様子だ。その隣に立っている彼女は、説明を求めるように小首を傾げて先生を見上げている。くう、あざとかわいいな。二人が何か質問してくる前に、急いで口を動かした。
「具合悪いわけじゃなくて、ちょっと眠かっただけだから大丈夫。心配してくれてありがとう。買い物して疲れたなーって思ったけど金もないし、ここで休憩してたんだ。ほら、見てこの荷物。すごいでしょ? そっちも買い物? 邪魔しちゃ悪いから、俺もう行くよ。じゃあね。また水曜日に!」
口を開きかけた先生を無視して、俺は二人に背を向けた。エコバッグを乱暴につかみ、大股でその場を立ち去る。
――お願いだから何も言わないで。
足音はついてこない。じくじくと胸が痛んで、「俺はすごく傷ついている!」と主張してくる。
――俺、先生に期待してたんだ。
踏み込まれることを拒んだくせに、追いかけてきてくれるのを望んで、「なんで来てくれないの」と勝手に傷ついて。俺は本当にバカだ、と思った。
鼻の奥が、つんと痛くなった。エコバッグを肩にかける。どうも収まりが悪い。箱の角がちくちくと脇腹や背中に当たって、痛い。
まばたきをしたら、涙が両目から滑り落ちた。引き結んだ唇の間に入り込んだ液体は塩辛かった。
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