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知らないままでいたかった 8
「分かりました。ちゃんとA大について調べて、本当に行きたい大学なのか考えます」
「おう。とりあえず学校案内を読んでみろ。今日は貸してやる。手元に置いておきたければ、大学に資料請求するといい。数百円でできるはずだ」
「ありがとうございます。先生は優しいですね」
俺がつけ足すと、先生が目だけを動かして、ギロリとこちらをにらんだ。
「仕事だからな。国公立大学の現役合格率を上げるためってだけだ。余裕でA大に入れる学力が田丸にあるんだったら、どんなに動機が不純でも、手放しで『頑張れよー』って言ってやるよ」
素直じゃないんだから、という言葉を飲み込む。そんなことを言ったら怒られそうだ。
「行き詰まったら、また相談に乗ってもらってもいいですか?」
「ああ、いいぞ。ただし――」
先生はそこで言葉を切り、唇に付着していたコロッケの衣を舌で舐め取った。
「進路相談だけな。恋愛相談は俺に向いてない」
「恋愛相談も的確に答えてくれてましたけど」
「馬鹿言うな。俺は忙しい。高校生のガキの恋愛相談に乗ってる暇があったら、雑務を片づけて一刻も早く帰りてえんだよ!」
結局怒らせてしまった。俺は苦笑いを浮かべた。
「分かりました。進路相談だけにします」
「必ずそうしてくれ」
ぶすっとした顔でコロッケパンを胃におさめていく近藤先生を見ているうちに、俺は力みが取れていくのを感じていた。
一口だけかじって放置していたおにぎりを見る。先生はもう話し出す気配はないし、今度は安心して食べられそうだ。俺はおにぎりを頬張った。中には俺の大好きな焼きたらこが入っていて、自然と口角が上がった。
*
家に帰ってから、近藤先生が貸してくれた、A大の学校案内を開いてみた。七十ページほどのA4版のパンフレットだ。学生や施設の写真、大学構内の地図、ある学生の一日のスケジュール、在学生・卒業生の声などを見ていくうちに、今までぼんやりとしていたA大のイメージが、だんだんと現実味を帯びたものになってくる。ようやく、自分のこととして考えられるようになってきた。
近藤先生は、「大学は勉強するところだ」と言っていたけれど、それだけではなさそうだ。
部活動・サークル活動、学園祭、飲み会、アルバイト……。妄想が広がる。
――先生と一緒のサークルに入ったら楽しそう。何に入ってるのか知らないけど。卓球かな? それとも文化系? テニスサークルとかだったら、似合わなすぎて笑っちゃう。ゼミってよく分かんないけど、少人数のクラスみたいなものかな? 他学年との交流もあるのかな。学部の飲み会があったら、先生と一緒にお酒飲める? 先生と一緒に学祭を見て回ったりとかもできる? 楽しそうだな。
そこまで考えたところで、近藤先生に釘を刺されたことを思い出した。
『A大でなければいけない理由を自分の中にも見つけろ。大学は、自分自身のことを第一に考えて選べよ』
大学で勉強したいこと。将来俺がやりたいこと。しっかり考えないといけない。俺は気を引きしめなおして、学校案内を読みふけった。
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