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苦しくて、切なくて、痛い。 1
「この前は――いえ、何でもありません」
家庭教師の日。玄関先で俺と目が合った瞬間、先生がそう言うから、チャンスはここしかない、と思った。
俺は先生の真正面に立った。先生はまだ靴を脱いでおらず、たたきにいる。身長がほとんど同じはずの俺と先生の間に、差が生まれている。
「この前一緒にいた人って……友だち?」
彼女なの? とは怖くて聞けなかった。
「いえ。『友だち』ではありません。何と言ったらいいか……」
やっぱり、恋人だったのか? 言葉を探すように視線を宙に漂わせる先生を見ていると、うまく息ができなくなってくる。
「具合が悪いのですか?」
胸をおさえる俺に気づいたのか、先生が慌てたように顔をのぞきこんできた。その顔があまりにもきれいで、好きだ、と思う。でも俺は、先生の目には恋愛対象として映らない、なんて。苦しくて、切なくて、痛い。先生にこの気持ちを悟られたくないと思うのに、想いがあふれ出してしまう。
「もう恋なんてしないって言ったのは、嘘だったの?」
咎めるような言い方になったが、先生はピンときていないみたいで、首を傾げた。
少しの沈黙の後、先生が俺から目をそらして言う。
「もし勘違いだったら、ものすごく自意識過剰で恥ずかしいのですが――」
光の加減なのか、ほんの少しだけ先生の頬が赤いような気がする。先生の喉仏が動いて、唾を飲み込んだのだと分かった。
「彼女と僕は恋仲ではありませんし、僕の片想いでもありません」
ほっとした後で、怒りがじわじわと湧き上がってきた。
「なら、なんで俺が『友だち?』って聞いた時に言葉に詰まったの?」
「友だちと言えるほど仲良くないので。僕たちの関係を表すには、どのような言葉が適切なのか、考えていました」
「一緒に買い物してた。仲良さそうだった」
ふてくされた声が出てしまい、先生が困ったように眉を下げた。
「ゼミの卒業生のために、代表としてプレゼントを買いに行っただけです」
「大学の知り合いなら、なんでわざわざこっちのショッピングセンターで買い物しなきゃいけないの?」
「彼女も実家に帰って来ているからですよ。同じ高校出身なんです。でも、それだけです。特別な関係ではありません。過去にも現在にも、おそらく未来にも、何もありません」
先生が俺の目を見て言い切った。
「『会えば話す』くらいの、ただの同窓生です。高校時代、クラスと部活は違ったんですが、委員会が同じだったり、選択科目が同じだったりと、何かと接点があったんですよ。示し合わせたわけではないので全部偶然です。極めつけは、進学先まで同じだったことです。ここまでくると腐れ縁ですね」
「それって――」
彼女は先生のことが好きだから、全部追いかけてたんじゃないの?
言えない。言いたくない。口にしてしまったら、先生の中で彼女が『ただの同窓生』から『恋人候補』になってしまいそうで。先生が気づいていないのなら、俺が気づかせてあげる義理はないはずだ。
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