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苦しくて、切なくて、痛い。 2

「何でもない」 「ずいぶんと意味深な間でしたけど。何なんですか、教えてください」 「んー、何言おうとしたか忘れちゃった。気にしなくていいよ」 「じゃあ、そんな顔しないでください」  か細い声で先生が言う。 「俺、今どんな顔してる?」  ぺたぺたと自分で触ってみるが、よく分からない。 「とても、苦しそうな顔をしています」  ――そうか、心の声が表情に出てしまっているのか。俺は本当に隠し事ができないな。 「見間違いじゃない? ほら、俺、元気だよ」  ごまかすように、その場でぴょんぴょん跳びはねてみせた。 「僕のせいですか?」  先生が一歩前に踏み出した。上目遣いで俺を見る。その瞳は心なしかうるんでいる。 「え」 「僕がまた、君を傷つけてしまいましたか?」  先生の右手が、俺の顔に近づいてきた。手のひらを頬に添えて、親指の腹で鼻の横から頬に向かってなぞられる。まるで涙を拭きとるようなしぐさだった。泣かないで。そう言われているような気がした。触られたところがピリピリと甘くしびれた。ぴくり。俺の体が小さく震える。 「ごめんなさい。思わず触ってしまって」  先生の手が離れ、切なげな表情で俺から顔を背けた。  ほんの数秒触れられただけなのに、顔にはまだ先生の手の感触が残っている。  全身が心臓になってしまったみたいに、体が脈打っていた。 「嫌じゃないよ」  うまく声が出ない。咳払いをすると、先生がこちらを向いた。 「先生に触られても、嫌じゃない。だから、謝らないで」  先生がまばたきを繰り返した。 「先生――」  俺の口は「い」の形のまま固まった。好き。たったひとことが言えない。今はまだ、その勇気がない。代わりに違う言葉を選んだ。 「俺は傷ついてないから。大丈夫だよ」 「それなら良かったです」  先生がふわりと笑った。俺の心もふわりと持ち上がる。  先生に微笑みかけてもらえただけで、今までのつらさが全部吹き飛んでしまったような気持ちになる。自分がどれだけ先生のことを「好き」なのか、思い知らされる。  ――先生は男なのにとか、俺は異性愛者だけどとか、もうなんでもいいや。俺は先生が、「角巻健人」が好きだ。「角巻健人」だから好きなんだ。先生、好き。大好き。先生も俺のこと、ほんの少しだけでいいから、俺と同じように思っててくれたら、嬉しい。  きゅう、と俺の胸が切なく鳴いた。

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