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苦しくて、切なくて、痛い。 3
先生が帰ったあと、母さんが帰宅するのをずっと待っていた。
「ただいま」
夜九時過ぎ、やっと母さんの声が聞こえて、俺は玄関まで駆け足で出ていった。母さんは、段差に腰を下ろして靴を脱いでいる。待ちきれずに、その背中に向かって宣言した。
「俺、A大に行くよ」
母さんが振り返った。目を丸くして、口をぽかんと開けて、俺を見上げた。
「近藤先生が貸してくれた学校案内を読んで、A大学に行きたいって思った。資料請求するのは母さんに言ってからにしよう、と思ったから、まだしてないんだけど、ホームページも見てみたよ。A大は総合大学で、興味がある授業は他の学部のでも受けられるし、教育学部は一年生のうちから、附属学校での実習があるんだ。小中高全部そろってるんだって。だから、俺が本当に小学校の先生になりたいかどうか、四年間かけて見極められる。もし在学中に『教師に向いてないな』って思っても、卒業後に市職員になったり、民間企業に就職してる人もいるみたいなんだ」
よどみなく話す。母さんは戸惑っているのか、まばたきを繰り返すばかりだ。
「俺、覚悟決めたよ。A大を受験したい。母さんに負担をかけることになるのが心苦しいけど、大学生になったらバイトして返すから、プロの家庭教師を頼んでください。よろしくお願いします」
その場で正座して、深く頭を下げる。
「本当に、それでいいのね?」
母さんの推し量るような声が聞こえて、俺は顔を上げて頷いた。
「うん。でも、浪人はしない。A大がだめだったら、市内のB大に行く。A大よりも規模は小さいけど、B大も附属小学校を持ってるから、そこで実習して、小学校教諭の免許取れるし。A大に行くつもりで準備していったら、多分B大は後期試験でも合格圏内だと思う。もし共通テストで大失敗したら、A大は諦めて、前期でB大受ける」
「それは、誰かと相談して決めたことなの?」
母さんは俺の目をじっと見つめてくる。
「ううん。近藤先生にアドバイスはもらったけど、最終的に自分で調べて、考えて、決めた」
「そう。分かったわ。かなり具体的な目標になったのね。A大学受験、頑張りなさい。お金のことは気にしなくていいから」
母さんが微笑んでくれて、ほっとする。
「ありがとう」
「健人くんには自分で言う? それとも私が連絡しようか?」
「大丈夫、自分で言う、自分で言いたい」
俺の返答があまりにも性急だったのか、母さんがぷっと吹き出した。
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