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苦しくて、切なくて、痛い。 4

「ハッピーホワイトデー!」  三月十四日、部屋に入るなり、先生にクッキーの箱を突きつけると、先生は驚いたように高速でまばたきを繰り返した。 「これ、母さんから。バレンタインデーのお返し。お金は母さんが出してくれたけど、商品は俺が選んだ。クッキーとマドレーヌが入ってるやつ。大丈夫だった?」 「ありがとうございます。甘いもの、好きです」  先生は笑顔を浮かべて、賞状を受け取るような手つきで、箱を持った。いろいろな角度から、しげしげと箱を見ている。そのままの姿勢で言われた。 「君からはないんですか?」 「ないよ。だって、小さいチョコ一個しかくれなかったじゃん」  先生の顔がこわばった。まずいと思った。余計なことを言って、また先生を傷つけてしまったかもしれない。 「翌日、ファミレスでハンバーグをごちそうしたじゃないですか。あれの見返りは?」  少し寂しそうな目を向けてくるから、思わずリュックの中に手を突っ込んでしまった。学校に持って行っている鞄だ。  ――何かないか。探せばあるかもしれない。  先生の顔がぱあっと輝いたのが見えた。「本当に何も用意していない」とは言えない。がっかりさせるわけにはいかない。こんなことなら、あのきれいな宝石のチョコレートを買っておくんだったと後悔した。  先生に背中を向け、鞄を大きく開けて、がさがさと中を漁る。 「あの」  困惑したような先生の声が聞こえた。早くしないと、プレゼントがないことがバレてしまう。  急いでリュックの内ポケットをまさぐると、あるものが見つかった。それを手に、先生に向きなおる。  先生と俺の声が重なった。 「なければ無理しなくていいですよ。冗談ですから」 「ごめん! こんなものしかなかった」  俺の手の上に乗っているものを見て、先生が絶句した。手のひら大のプラスチックケースに入った、ミントタブレット。コンビニで百円で買えるやつだ。  先生はプラスチックケースを持ち上げると、ためらいがちに振った。から、から、と明らかに中身が少ない音がする。  沈黙が続く、かと思いきや、先生が突然お腹を抱えて大声で笑いはじめた。 「しかも、食べかけじゃないですか! ちょっと、いくらなんでもっ」  息も絶え絶えになるほど笑い転げている。 「笑いすぎだし、いらないなら返して」  手を伸ばすが、先生はミントタブレットを持った手を突き上げて、「いいえ。これはもらっておきます」ときっぱり言い切った。 「せっかく君がくれたものですから」  俺が手を引っ込めると、先生も腕を下ろした。  箱入りのクッキーよりも価値があるとでも言うように、俺の食べかけのタブレットを胸元で握りしめるから、なんだかとても申し訳ない気持ちになった。

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