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受験は団体戦 1

 四月に入って、俺は高校三年生になった。  数日前に行われた始業式で、学年主任が言っていた。「君たちは受験生になった。受験は団体戦。切磋琢磨して、それぞれの目標に向かって頑張ってほしい」と。  受験生。なんだか自覚がなく、ぼんやりしている。  健人先生と「A大に必ず行く」と約束したのだから、もっと気を引き締めて勉学に励むべきなのだろうと思う。しかし、手に持ったシャープペンシルは、数分前から全く動いていない。先生が俺のために作ってくれた復習プリントは、机の上に広げただけになっている。顔を上げると、勉強机の上の本棚に差した、赤い過去問題集が視界に入った。先生のおさがりの問題集だ。シャープペンシルを投げ出し、背表紙に書かれた「A大学」の文字を人差し指でなぞる。 「先生。会いたい」  何度繰り返したか分からない行為に、ため息がこぼれた。別れ際、無言で見つめ合った十秒間が、「悠里」と呼ばれた声が忘れられない。  四月の一週目の水曜日と金曜日の十八時半は、そわそわして落ち着かなかった。先生は来ないと分かっているはずなのに、無意識のうちに耳をそば立てて、玄関扉が開く音を聞き逃すまいとしている俺がいた。  ――先生の幻影にとらわれていたら、先生との約束を果たせないのに。  両こめかみを自分の拳でぐりぐりと押した。力加減を間違えた。痛い。涙が出そうになった。  ――俺がこんなに環境の変化が苦手だったなんて、知らなかったな。  口角を上げて、無理やり笑ってみる。少しは気分がマシになるかと思ったが、そこまでの効果はなかった。  幸いだったのは、担任が変わらなかったことだ。クラス替えがないのは分かっていたから、担任が誰なのかだけが気がかりだった。始業式で担任団が変わらないことが発表されてホッとした。家庭教師のみならず、担任まで変わってしまったら、しばらく立ち直れなかったかもしれない。そう考えて、近藤先生を心の拠り所にしていたことに初めて気づいた。  ――今の俺、だめだめすぎて、「受験生なんだぞ、しっかりしろ」って近藤先生に怒られちゃいそう。  またため息。気を抜くとすぐに漏れてしまう。「ため息をつくと幸福が逃げていく」というのなら、俺はもう一生分の幸せを逃がしてしまっているかもしれない。  これではいけない。幸運でなければA大に受かる気がしない。俺は天井を見上げ、空気を吸えるだけ吸って、息を止めた。三十秒経ったところで苦しくなって、一気に吐き出した。両手で頬をたたいて、気合いを入れなおす。  来週の水曜日の夕方には、新しい家庭教師の先生が来ることになっていた。気持ちを切り替えて頑張らなければ。  そう思って下を向いた瞬間、先生の手作り復習プリントが目に飛び込んできて、ため息をついてしまった。  ――やっぱり、しばらく無理かも。

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