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受験は団体戦 2
健人先生の友だちの紹介で来てくれた新しい家庭教師は、健人先生とも近藤先生とも違うタイプの人だった。
黒目がちでぱっちり二重、眉毛は鋭角に整えられている。唇は薄いが口が大きい。茶髪にはゆるくパーマがかかっていて、ふわふわと柔らかそうだ。視線を下げていけば、スーツ越しでも分かるくらい厚い胸板が目に入った。腕も足もがっしりしている。顔立ちは子犬のようにかわいらしいので、鍛えられた体とのギャップが大きく、間違えて別の人間の頭と体を組み合わせてしまったのではないかと思えてくる。
「こんばんは。三十五歳、妻子あり。横井 元気 です。よろしくお願いします」
玄関で出迎えた俺と母さんに向かって、さわやかに言い放った先生は、最後の仕上げにニカッと笑った。真っ白な歯がまぶしい。思わず目を細めた。
「妻子あり、って名前よりも先に言うんですね?」
母さんは声に戸惑いをにじませている。横井先生の迫力に圧倒されているのだと思う。
「はい! 生徒からも保護者からも恋愛感情をもたれると困るから、いつも最初に言うことにしているんです。牽制 の意味を込めてます」
笑顔を浮かべる横井先生。包み隠さずに言ったのだから、「正直ないい人」という印象を抱いてもおかしくないとは思うのに、なぜだか「食えないやつ」という慣用句が俺の頭の中に浮かんできた。
「貞操観念がしっかりしていて、素晴らしいと思います」
母さんも笑ったが、その口の端はぴくぴくと引きつっている。
「えへっ。よく言われます」
横井先生が嬉しそうに頭をかいた。悪い人ではなさそうなのだが、なんとなくうさんくささが漂う。
「横井先生は、何かスポーツをされているんですか?」
母さんが尋ねると、暑くもないのに先生がジャケットを脱ぎ、ワイシャツの袖ボタンを外しはじめた。なぜ、とあっけにとられる。
「スポーツはしてません。筋トレが趣味なんです。私、昔は病弱で、『げんきのくせに元気じゃねえのかよ!』ってずっと言われてたんです。それがすごく嫌で、鍛えました。おかげさまで健康体です」
おもむろに袖を肘までまくり上げ、腕の筋肉を見せつけてきた。ついでに笑顔を浮かべて、白い歯まで見せびらかしてくる。
頼んでないよ、と言いそうになるのをこらえる。
「ああ、はい」
母さんがあまりにもそっけない声を出すから、吹き出しそうになった。
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