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受験は団体戦 4
「そういえば、妻子持ちの件ですけど、田丸くんのお母さん、真っ先に反応してましたね」
俺が問題を解き終わり、ルーズリーフを右側に押しやったところで、先生が言った。
「シングルマザーでしたっけ。残念でしたね、私が独身じゃなくって」
先生は楽しそうに話しながら、四色ボールペンを手に取り、赤ペンの芯を出した。
母さんをバカにされたような気持ちになって、膝の上でぎゅっとこぶしを握った。セクハラ、ではないのか。よく分からないけれど。俺は俯いた。
「そういうの、やめてください」
「ああ、そうですよね。身内のそういう話、想像したくもないですよね。配慮が足りずすみません」
俺が言いたかったことと少し違う解釈をされてしまったような気がするが、うまく説明できる自信がなくて、口をつぐんだ。
目の端で先生を捉えると俺の方は一切見ていなかった。解答の冊子を開いているが、ペンは動かさず、なおも話を続ける。
「昔いろいろもめたので、受け持ちは男の子だけにしてもらってるんです。家庭教師は密室ですからね、勘違いされることも多いんですよ」
「ああ、確かにそうでしょうね」
勘違い、という言葉に胸をつつかれる。横井先生の話を聞いていると、健人先生への気持ちも「勘違い」だったのかもしれない、と思ってしまいそうになる。
「その感じ、もしかして田丸くんも『家庭教師に片思い』の経験済みだったり……?」
いたずらっこのような笑みで、顔をのぞかれた。ばくばくと心臓が音を立て始める。いくら俺が分かりやすいとはいえ、まさかこの一瞬で恋心がバレるなんて、そんなことは――。
「角巻くんのこと、好きになったりした?」
「はあ!? そんなわけないです! だって健人先生も俺も男ですよ!」
思わず過剰に反応してしまった。とっさに出てくる言葉が、自分の気持ちを否定する言葉ばかりなのが情けない。
俺の大声に、先生が「わはは」と大きく口を開けて笑った。
「もちろん冗談ですよ。そんなに必死で否定しなくても分かってますよ。男同士なんだから、勘違いも何もあるわけないでしょう。やだなあ。田丸くん、冗談通じないタイプ?」
「あ、はは……そうですよね」
「田丸くんは反応がいいから、ついついからかっちゃうなぁ」
乾いた笑い声しか出なかった。横井先生は気にしていないようで、ようやくプリントの丸付けに取りかかった。健人先生なら「大丈夫ですか?」ってすかさず言ってくれるはずだ、と考えて切なくなる。ここにいるのは横井先生で、健人先生じゃない。現実に集中するために、俺は目を閉じて深呼吸した。
「じゃあ今日はこれでおしまいです。宿題として、次回までにA大の過去問を一年分解いておいてください。一番最新のやつね。赤いあれ、持ってましたよね?」
健人先生からもらった問題集を思い浮かべて、「はい」と頷く。
「ちゃんと時間を計ってやってくださいね」
先生が部屋のドアに手をかけた。
「ではまた今度」
「はい。次回もよろしくお願いします」
「うん、よろしくー」
最後にニカッと笑って、きびすを返した。
疲れた。すごく疲れた。俺は机の上に突っ伏して、目を閉じた。無意識のうちにため息が漏れて、急いで吸い込みなおした。
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