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受験は団体戦 5

 リビングに行くと、母さんが鍋をテーブルに置いたところだった。今日はサラダとカレーライス。新しい家庭教師に緊張している俺のことを考えて、俺の好物を作ってくれたのかもしれないと思うと、とても嬉しくなった。 「横井先生、どうだった?」  母さんが俺の席にサラダを置いた。俺は皿にご飯とカレーを盛り、椅子にどさりと腰を下ろした。 「合わなそうだったら変えてもらえるらしいわよ」  俺はまだ何も言っていないのに、母さんが気遣うように言うから、相当ひどい顔をしているのだと思う。  母さんが俺の向かいに座る。皿の左側にご飯を寄せて、右側のスペースにルーを流し込んでいく。母さんが盛り付けるカレーは、いつもきれいだ。 「まだ初回だから、合うか合わないかよく分かんないよ。俺、初対面の人が苦手なのかも」 「でも、健人くんの時は、そんな顔してなかったよ」  母さんに言われてどきっとする。 「緊張してるのかなっては思ったけど、そんなに疲れ切った顔はしてなかった」  そうなんだ、と思う。母さん、健人先生、近藤先生、みんな俺の顔を見ただけで俺の気持ちが分かってしまうらしい。  ――あれ? でも、横井先生は俺が変な反応をしても、一切動じていなかった。今回は顔に出てなかったのか? それとも、先生がよっぽど鈍感なのだろうか……。  横井先生のことを考えていると、母さんが箸でレタスをつまみ上げながら呟いた。 「私、あの人ちょっと苦手かも」 「やっぱり!?」  思わず身を乗り出してしまった。 「悠里もそう思ってたのね!」  母さんの声が大きくなる。母さんの話は止まらなかった。 「『三十五歳、妻子持ちです』って何!? まず名を名乗れ! 私が独身だからわざわざ言ってきたんでしょうけど、あんたなんか好みじゃないし、頼まれたって好きにならないわ。こっちから願い下げよ、ばーか」  母さんが人の悪口を言うところを初めて見たから、驚きを通り越して吹き出してしまった。 「去り際もね、『奥さん、今日はカレーですか。ああ、私にごちそうしてくれようなんて思わなくていいですよ。妻の手料理が待ってますから』とか言うのよ。もともと食べさせる気ないですけど? 食材がもったいない!」 「筋肉のくだりもやばかったよね」 「あー! あれも何? 初対面の人の家で、しかも玄関で、いきなりジャケット脱ぐ? 思い出すだけで腹立ってきた」  俺が涙を流して笑っているのを見て、母さんが安心したように頬を緩ませた。 「元気ありすぎだよね」と呟くと、母さんが肩を震わせて笑った。 「名は体を表す、だね」  こんな風に母さんと談笑するのは、かなり久しぶりだった。そういう意味では、横井先生が来てくれて良かったかもしれない。すごく変な人だったけど。 「久しぶり、だったな」  母さんが噛みしめるように言った。てっきり俺と同じことを考えているのだと思って、軽い気持ちで返した。 「何が?」 「男性からはっきりと牽制されるの」  全く予想していなかった言葉が返ってきて、息を飲んだ。

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