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受験は団体戦 9
気持ちが部活から受験勉強へ徐々に切り替わり、放課後の吹奏楽部の練習の音もBGMとして感じられるようになってきた七月の金曜日。先月の模試の結果が返ってきた。
朝一番に、一人ずつ名前を呼ばれ、教卓にいる近藤先生から結果を受け取る。
模試の翌日に行った自己採点の結果が合っているとすれば、マーク式のテストの中では過去最高点だった。かなり期待は大きいのだが、果たしてどうだろうか。
「田丸」
近藤先生の声に反応して、立ち上がる。教室の前に進んで、先生の手から成績表を受け取った。
「頑張ったな」
先生が、俺にしか聞こえないような声で囁く。目を見開くと、先生はわずかに口角を上げた。
「次。土屋ー」
俺の次の人の名前を呼ぶので、お礼を言うこともできず、席に戻った。
どき、どき、と心臓が脈打っていた。二つ折りにされている成績表を、少しずつ開いて確認する。
志望校判定、A大学、B大学ともにD判定。合格率は二十から四十パーセント。偏差値は前回と比べて、十ポイント以上上がっている。
A大の方は、Eに近いD判定だったが、今までどの大学でもE判定しか見たことがない俺からしたら、かなりの快挙だった。
ここは教室なので、喜びは声に出さなかったが、家で一人きりだったら、叫んで踊り狂ったかもしれない。
*
浮かれた俺は、昼休みに模試の結果を写真に撮り、メッセージアプリを使って母さんに送りつけた。
『見て! D判定! 美奈子さん経由で健人先生にも送って!』
『良かったね。これからも頑張れ! わかった。美奈子さんに転送しておくね』
画面を見ながらにやにやしていたら、手元に影ができた。
「ずいぶん嬉しそうだな」
顔を上げる。中学時代からの友達、佐々木だった。とっさにスマートフォンを裏返して机に伏せると、佐々木が笑った。
「見てないから安心しろ」
佐々木は、俺の前の席の椅子を勝手に引き出して、百八十度回転させると、俺と向き合うように座った。椅子の持ち主は、いつも隣のクラスで彼女とご飯を食べているから、しばらく戻ってこないだろう。
「久しぶりに、いい?」
佐々木が、右手に握った弁当袋を顔の前まで持ち上げた。俺は三年生になってから、英語や古文の単語帳を眺めながら昼食をとるようにしていたから、佐々木も俺に話しかけるのを遠慮していたのかもしれない。人と食べるのは久しぶりだ。
「いいよ」
頷いて、机の上の成績表とスマートフォンをリュックにしまった。それらと交換するように、おにぎりを取り出す。佐々木が俺の机に弁当を広げながら、ぽつりと言った。
「悠里、最近変わったよな」
「え。そうかな?」
「うん。今年に入ってから、なんか雰囲気違う気がする」
佐々木にじっと見られて、居心地が悪くなる。
「それは……どういう意味?」
「俺は、すごくいいと思う」
返す言葉が見つからなかった。佐々木が俺から目をそらして、恥ずかしそうに笑う。
「何て言ったらいいのか、よく分かんないけどさ、前までは他人のために生きてたけど、今はちゃんと自分のために生きてる、みたいな?」
「ああ、それはそうかも」
思い当たることがあった。健人先生や近藤先生との交流のおかげで、自分の将来のことを真剣に考えるようになったのだ。
佐々木はふりかけの小袋を破り、ご飯にかけながら口を動かした。
「中学の時、いろいろあったじゃん? 俺が悠里に『学級委員長やれば?』って言わなかったらあんなことにならなかったかな、とか、後悔したりした。でも、クラスのみんなは、変わった後の悠里の方が好きだって言うしさ。モヤモヤして、心配してたんだけど、どうしたらいいのか俺も分かんなかったんだ。でも、良かった。今は昔の悠里に――俺の好きだった悠里に戻ったような気がする。本当に、良かった」
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