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ガキはガキらしく 1

 帰宅すると、母さんが玄関先まで出迎えてくれた。 「悠里、お疲れ様。今日は休みだったから、お赤飯炊いちゃった」  とニコニコしている。一回の模試でD判定だっただけなのに、こんなに喜ばれるとめちゃくちゃ恥ずかしい。 「え、やめてよ。大袈裟だよ……」  俺はスニーカーを脱ぐふりをして、母さんに背を向けて玄関の段差に座り込んだ。無意味に靴紐を結び直す。 「そういえば、美奈子さんから返事来た?」  今ふと思い出した、というように、何でもないことのように聞くつもりが、少し声が上ずってしまった。 「美奈子さんからは来たわよ。『悠里くん頑張ってるねー』だって。健人くんにも送ってくれたらしいけど、そのあと何もないから、そっちはまだなんじゃないかしら」 「そっか」  きっと今顔を上げたら、寂しそうな顔を母さんにさらすことになってしまうから、なかなか靴を脱ぐことができなかった。 「まぁ、送ってからまだ半日しか経ってないし、そのうち来るんじゃない?」  母さんが明るい声を出して、「ご飯の用意してくるわね」と言い残した。足音が遠ざかっていく。  ――そうだよね。今日の昼に送ったんだもん。先生だっていろいろ忙しいよね。  俺はようやく靴を脱いで、自分の部屋へ向かった。 *  部屋で待っていると、横井先生が入ってきた。 「先生のおかげで、D判定が取れました。ありがとうございます」  俺が模試の成績表を見せると、先生はそれをちらっと眺めて、淡々と言う。 「D判定ですか。おめでとうございます。見た目は下から二番目に見えますが、実際は志望者の上位半分に食い込んでいるということですからね。幸先が良かったんじゃないですか」  俺は、帰宅前にコンビニで買っておいた、せんべいの袋を机の上に置いた。 「つまらないものですが、お礼です」  先生が目を細めた。 「すみません。受け取れません。会社の規定で、個人的なもののやりとりは禁止されているんです」 「でも、コンビニのせんべいですよ?」 「値段や種類にかかわらず、だめなんです。最近、特に厳しくなりました」  先生は眉を下げて、せんべいをそっと俺の方に差し戻した。 「そうなんですか。賄賂になるからですか?」 「それもありますが、一番は恋愛関係に発展するのを避けるためですね。恋愛感情というものは厄介ですね。トラブルになりやすいですし。まあ私たちは男同士ですから、関係のない話ですけど」  胸がずきん、として、ざわっ、とした。  先生は、俺の顔を見ていないから、何も気づいていないはずだ。  恋愛感情。男同士。関係ない。  ――そうだ、普通はそうだ。健人先生だって、俺が異性愛者だって知って、ほっとしていたじゃないか。異性愛者同士、恋に落ちることなんて、普通はありえないのだ。  考えた言葉が、ざらりと心をなでていく。全身があわだつ。 「すみません。喋りすぎました。田丸くんの結果を見て嬉しくなってしまって」  横井先生は真顔のままで言う。これが先生の標準なのだ。感情が表に出づらい。先生が「嬉しい」と言うなら、本当に嬉しかったのだろう。俺はこわばる顔の筋肉を無理やり動かして、笑顔を作った。 「模試の問題には、田丸くんの解答に印がつけてありますか?」 「はい。自己採点したので。自己採点も合ってました」 「では、模試の問題と答え、成績表を次回まで借りてもいいでしょうか。苦手対策用の教材を見繕ってきます」 「分かりました。どうぞ」  一式渡すと、先生はそれらを黒色のバインダーに挟み、ビジネスリュックにしまった。 「では、今日も頑張りましょう」  横井先生の授業が始まった。

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