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ガキはガキらしく 2
待てど暮らせど、健人先生から返事がこない。三日目までは耐えられた。どんなことを言ってくれるのかな、とワクワクする余裕があった。大学生は土日も忙しいかもしれないよね、と自分に言い聞かせられた。でも、四日を過ぎた頃からだんだん不安になってきた。母さんのスマートフォンが鳴るたびに反応しては空振りということが続き、さすがに疲れてきた。
耐えきれずに、母さんに何度か「本当に来てないの?」と聞いたが、「来たらすぐ悠里に転送するから」と面倒くさがられ、催促もできなくなってしまった。
*
あっという間に、二度目の金曜日がやってきた。つまり、模試の返却から一週間以上経ってしまった。俺は抜け殻だった。どれくらい抜け殻かというと、俺の気持ちに鈍感な横井先生から「大丈夫ですか、元気ないですね」と言われるほどだった。
翌日、土曜日の朝、メッセージの受信音で目が覚める。差し出し人は母さん。もしかして――。
勢いよく起き上がり、スマートフォンを両手で持った。アプリが立ち上がるまでのわずかな時間ですらもどかしい。
トーク画面には、『美奈子さんから』という一言の下に画像が一枚貼りつけてあった。タップして拡大する。左上に「角巻健人」の文字を見つけて、心臓が飛び跳ねた。先生と美奈子さんのトークルームのスクリーンショットのようだ。先生からの返信はほとんど諦めていたから、予想外に嬉しい。
トークを上から順番に見ていく。右側の吹き出しには、美奈子さんのものと思われる『悠里くん、模試でD判定だったそうです! 何か伝えたいことはある?』というコメントと、俺が母さんに送った成績表の写真があった。日付は先週の金曜日の午後二時だった。
その次の吹き出しは左側。健人先生の返信。送信日時は、昨日の午後十時四十九分だ。しかもあまりに短い。
『頑張ってください、とお伝えください』
――え、それだけ? だったらせめて、すぐに返事してきてよ。
うっかり期待してしまったぶん、ショックも大きかった。
――先生って、俺のこと、少しは意識してくれてなかった? 完全に俺の勘違い? 「A大に来て」って約束は? 社交辞令だったの?
やっぱり、期待なんかしちゃいけなかった。心がかき乱される。先生は、俺のことを何とも思っていないのに、「密室で二人きり」という魔法がかかって、俺が勝手にいい方に「勘違い」しただけなんじゃないか。
先生に会えないから、不安になる。頬を触られた時のしびれも、交わした「約束」も、抱きしめた温もりも、見つめ合った十秒間も、名前を呼んでくれた声も、「また会いましょう」も、全部夢だったのかもしれないと思いそうになる。
――浮かれて、結果なんて送りつけてしまったけど、先生にとって、俺はもう生徒でも何でもない。気持ち悪いって思われてたらどうしよう。
『あの約束、本気にしてたんですか? 君は単純で馬鹿ですね』
頭の中の先生が俺を嘲笑った。違う。先生はこんなこと絶対に言わない。……絶対? なぜ言い切れる? たった三ヶ月の付き合い、しかももう何ヶ月も会っていないのに。
俺はスマートフォンを投げ出し、布団をかぶって丸まった。
鼻の奥が痛い。今日は一日、勉強を休もう。勉強のことを考えるだけで、先生とのやりとりが芋づる式に思い出されてしまって、つらい。
他の受験生は頑張っていると思うと、罪悪感と焦りに押しつぶされそうになったが、無理やり教材と向き合ったところで、身につくとは思えなかった。
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