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ガキはガキらしく 5

 バスケで気分転換できたとはいえ、健人先生に対するモヤモヤとした気持ちは拭いきれず、相変わらず勉強に身が入らないでいた。  これはまずいと思い、朝のホームルームのあと、近藤先生に声をかけることにした。 「先生」  廊下で呼び止めると、すごく嫌そうに顔をしかめられた。 「なんだ、そのしょぼくれた顔は。まさか恋愛相談じゃなねえだろうな」 「違います。進路相談です。お願いします」  近藤先生が目をすがめて俺を見た。深いため息をつかれる。 「その話、長くなるか?」 「……んー、長くなるかもしれません」 「じゃ、放課後あけといてやる。進路指導室な」 「ありがとうございます!」  深く頭を下げると、先生の大きな舌打ちが聞こえた。 「そんなに喜ぶな。ただの仕事。給料が支払われてる優しさだからな、勘違いするなよ!」 「はい、ありがとうございますっ!」 「うるせえ!」  大きい声でお礼を言ったら、怒鳴られた。 「さっさと教室に戻って、次の授業の準備しろ」  先生が言い捨てて、廊下を歩いていく。  ――ツンデレ……?  小さくなっていく先生の背中を見ているうちに、なんだか気が抜けてしまった。 *  放課後、下級生が部活に向かい、同級生が図書室や自習室に向かうなか、俺は近藤先生と一緒に進路指導室を目指した。  先生が鍵を開け、二人で部屋に入る。テーブルを挟んで、向き合って座ると、先生が頬杖をついて不機嫌そうに言った。 「で、どんな進路相談?」 「えっと、あの……」  俺は言葉が続かずに黙ってしまった。聞いてほしいことは山ほどあるのだ。でも、いろいろありすぎて、何から話せばいいのか分からなくなった。  外からは吹奏楽部の楽器の音、運動部の掛け声、野球部がボールを打つ音などが聞こえてくる。俺たちがいる進路指導室は、とても静かだ。ここだけ学校から切り離された別世界のようだった。  近藤先生の深いため息が聞こえた。せめて催促する言葉とか、何かを言ってくれたらと思うが、先生は俺をじっと見つめるばかりだ。無言の圧力に負け、口を開くが、うまく言葉が出てこない。   「や、やっぱり、進路相談じゃなくて、恋愛相談だったかもしれないんです、けど……」  ちらりと先生を見上げると、めちゃくちゃにらまれた。 「恋愛相談だあ?」  ドスのきいた声に、思わず体を固くし、両目を閉じてしまった。 「ったく、俺がそんなに恋愛経験豊富に見えんのか?」  雰囲気が和らいだのを感じ取り、恐る恐る目を開けると、先生が困惑と怒りの中間みたいな、中途半端な顔をしていた。  恋愛経験豊富。俺は首を傾げた。近藤先生は、いつもどこかに寝癖がついている。それに、無精髭なのか伸ばしているのか判別がつかないくらい微妙な長さの髭。 「見えるか見えないかは置いといて――」 「置いとくな! 俺に失礼だろ!」  キッと鋭い視線を向けられた。 「すみません。言葉選びを間違えました。恋愛経験の有無に関係なく、先生に聞いてもらいたいです」 「なんで俺に……」  先生が言いさすのは珍しい。さっきまで俺をにらんでいた瞳は、戸惑っているのか、わずかに下を向いた。 「俺の好きな人を知ってるの、先生だけなんですもん。他の人にこんな話できないじゃないですか。近藤先生は、偏見なくフラットに俺を見てくれるから、安心して話せるんです」  俺が言い終わると、一瞬間があいて、先生が息を吐く音が聞こえた。先生は手を頭に乗せ、癖のある髪の毛をますますグシャグシャにして、天井を仰いだ。 「田丸の場合、恋愛と進路が密接に結びついてるからなぁ」  独り言のようにぽつりと言う。先生が、観念したように俺の顔を見た。 「……特別だ。話せ」 「ありがとうございます! あ、でも、うまくまとめられる気がしなくて、聞きづらいと思うんですけど――」  先生が俺の話の途中で舌打ちした。 「言い訳してる暇があったら、今すぐ話し始めろ。田丸は受験生なんだ。時間を無駄に使っている暇はないだろ? どんなにつっかえたって、ちゃんと聞いてやるから、気にせずに話せ」 「分かりました」

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