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ガキはガキらしく 6

 俺は、今までため込んでいたものを全て吐き出した。要約すると、次のようなことだ。  勉強をすると、健人先生のことを思い出してしまう。 家庭教師に来ていた頃は、向こうも自分のことを好きなのかと思う出来事があったが、最近は会っていないのでよく分からなくなってしまった。全部――俺自身の感情すら「勘違い」だったのかもと思えてくる。そんなことばかり考えてしまい、勉強に集中できず、このままA大学受験まで頑張れるのか分からない。  かなりたどたどしかったが、近藤先生は一切口を挟まずに真剣な顔で俺の話を聞いてくれた。そして、最後まで聞き終わると、ため息をついた。今日一番長いため息だった。 「もうめんどくせえな。つべこべ言わずに一度会ってこい。会えばなんか分かんだろ」 「でも、連絡取る手段が……」  言いよどむと、先生が目を細めた。 「あ? 家庭教師に来てた時はどうやってたんだよ」 「先生の叔母さんと俺の母が友達で、そこ経由でした」 「じゃあ、母親に連絡してもらえ」 「でも理由は? どんな口実で呼び出したらいいでしょうか」  はあー、と見せつけるようにため息を吐かれる。 「何でも俺に聞くな。少しくらい自分で考えろよ」  俺は考えた。そして言ってみた。 「『勉強見てほしい』とか?」 「そりゃ、今の家庭教師に失礼だろ。連絡をもらった相手だって戸惑う」  すぐに却下されてしまった。 「『会いたい』?」 「シンプルでいいが、お前は母親に『なんで今、前の家庭教師に会いたいの?』って聞かれた時に、うまく答えられるのか?」 「えー。じゃあどうしたら……」  先生が頭をかいて、俺から顔を背けた。 「いろいろあるだろ。勉強のモチベーションを上げるために、現役A大生に具体的な大学生活について話を聞きたい、とかさ」 「それだ! 先生さすがです! ありがとうございます。自分で考えろって言いながらも、ちゃんとアドバイスくれるところ、大好きです」 「バカ、お前。『大好き』は本当に好きなやつのためにとっておけ!」  そっぽを向いている先生の耳がほんのり赤く染まったから、俺は面白くなって吹き出した。先生がぐるんと首を回し、俺をにらみつけた。 「すみません。じゃあ『大好き』返してください」  手のひらを先生に向けると、強い力ではたき落とされる。 「返す? バカなこと言ってんじゃねえ」 「えー、返してくれないんですか?」 「いいか、田丸。覚えとけ。『いったん外に出た言葉は撤回できない』。それに、減るもんじゃねえだろ。もらっておく」 「えーっ! 先生が『本当に好きなやつのためにとっておけ』って言ったのに?」 「……しかたない。『大』は返してやる」  机の上に落ちていた俺の手のひらに、ポスっと手を乗せられた。  一瞬で離れたが、手に残っている先生の温もりに戸惑う。 「おい、なんか言え」 「いや、先生が冗談に乗ってくるの、珍しいなと思って」 「急に一人だけ冷静になるなよ。俺がバカみたいじゃねえか、恥ずかしい」  仕切り直し、とでも言うように、先生が咳払いをしてから尋ねてきた。 「新しい家庭教師との相性はどうだ?」 「悪くないと思います」 「学力もガンガン伸びてきたしな」  先生の口角がわずかに上がった気がする。 「はい。そこは感謝してます。横井先生もいい人です。でも――」  つるりと口が滑った。 「なんだ」 「男同士の恋愛って、やっぱり変なんでしょうか」

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