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ガキはガキらしく 7

「はぁっ!? そいつになんか言われたのか」  先生の顔が曇る。 「いや、そんな直接的じゃなくて、冗談で、ですよ」  俺は努めて明るい声を出した。 「言われたのは初日だけでしたから、俺と仲良くなるための作戦だったのだと思います。健人先生が俺のこと好きなんじゃないか、俺が健人先生のことを好きなんじゃないかってからかってきたわりに、男同士だからありえないことは分かってますよ、冗談ですよ、って言われました」 「冗談、ねぇ……」  咀嚼するように口の中で復唱した先生は、俺に目を向けて、二回瞬きしてから言った。 「田丸。人がどういう時に笑うのか知っているか?」  分からなかったので、無言で首を横に振る。 「『常識』とのズレが生じた時に、笑いが生まれるという説がある。ここでいう『常識』とは、分かりやすく言えば『思い込み』のことだな。たとえば、俺が全校集会で、校長先生が話している後ろで、変顔をしているところを想像してみろ。どうだ?」  近藤先生の変顔という意外性。そして、それに気がつかず、真面目な顔をして話を続ける校長先生との対比。  笑い出しそうになるが、唇を噛んで眉を寄せ、真顔を保とうとした。鏡を見なくても、俺が今すごく変な顔をしているだろうことは容易に想像がついた。  先生が俺の表情の変化を見て、唇の右端を引き上げた。 「な? 面白いだろ。なぜなら、俺がそんなことをしそうにないし、全校集会はふざけちゃいけない場所だと田丸が思っているからだ。それが『常識とのズレ』によって引き起こされる笑いだ」  先生が組んだ腕をテーブルに置いて、前のめりになった。 「次に、今の話を田丸の家庭教師に当てはめてみよう。そいつの中で『男が男を好きになることはありえない』が常識なんだろう。あえてズレたことを言うこと――この場合は、田丸と前の家庭教師の仲を疑うことによって、田丸の笑いを誘おうとした。だから深い意味はなく、本当に冗談だったんだろうな。俺はこの冗談、嫌いだけどな」  いきなり放たれた「嫌い」という強い言葉に、びくっとしてしまう。先生は人差し指の爪でテーブルをトントンとたたきながら言葉を続けた。 「人を傷つける可能性にまったく思い当たってないところがムカつく。性別や性的指向はすごくセンシティブな問題なのに、『冗談』にできる神経が分からねえ!」  話しているうちに、語気が強くなっていった。 「なんで怒ってるんですか?」  おずおずと尋ねると、先生が人差し指を動かすのをやめて目を細める。 「は? 逆になんで田丸は怒ってねぇんだ?」 「だって冗談なんですよね? 横井先生は俺と仲良くなろうと思って――」 「じゃあ聞くが、その『冗談』を言われた時、嬉しかったのか?」  先生が唾を飛ばした。 「それは……」  言われた時のことを思い返してみる。胸がざわっとして、何かが削られていく感じがした。でも、それがなぜなのか、よく分からなくて、居心地が悪かった。とっさに俯くと、先生が柔らかい声を出した。 「嬉しくなかったから俺に話したんだろ?」  口が滑ったのは、心の奥底で「誰かに話を聞いてほしい」と思っていたから。多分、そうなんだけれど。  横井先生にはすごくお世話になっているし、ざわざわしたのは初日だけなのに、本人のいないところで告げ口みたいなことをしてしまっているのが申し訳ない、と思った。 「でも、横井先生はいい人ですよ?」  フォローを入れると、近藤先生が唇を噛んだ。そして、いつも通り舌打ちをする。 「いい人だろうが、そうでなかろうが、田丸が不快な思いをしたのは事実だろうが。いい人は絶対に人を傷つけないのか? この世に、誰のことも傷つけないで生きられる人間なんていねえの。仮にその人のことが好きだとしても、デリカシーのない発言まで、田丸がまるごと受け入れてやる必要はねえんだよ。田丸はお人好しすぎる。ガキならガキらしく、つらかった、傷ついたって言え」  つらかった。傷ついた。先生の言葉を聞いて、ようやく分かった。  ――俺は傷ついていたんだ。健人先生との関係を茶化されて、つらかったんだ。 「俺、不快だったんですね。今初めて気づきました」 「そうか」 「嫌だって、言ってもいいんですか?」 「当たり前だ。田丸は、もっと自分を大事にした方がいい」  先生が同情するように言って、眉をひそめた。 「でも、そんなことしたら、自分勝手になってしまわないですか?」  目だけを動かして先生を見る。「見下してる」「偽善者」と言われた過去が、俺を臆病にしていた。 「田丸の場合は大丈夫だ。ガキらしくわがままになれ」 「ありがとう、ございます?」 「どうして疑問系なんだよ。……まあいい。ずっとそうやって生きてきたなら、すぐに変わるのは難しいだろうから、ゆっくりな」  先生の腕が伸びてきて、反射的に目を閉じると、頭を軽くたたかれた。 『こんなに我慢して。君は馬鹿ですね』  健人先生にされた時のことを思い出して、胸が切なくなった。

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