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重なりそうで重ならない 1

「母さん。今から送るメッセージを、美奈子さんを通じて健人先生に転送してくれないかな?」  夕食時、母さんに切り出す時はとても緊張した。「なんで今さら健人くん?」とか、聞かれたらどうしよう。一応メッセージの文面にも盛り込んであるし、言葉でも「一番身近なA大生だから」と説明する準備はしているけれど、それ以上突っ込まれたら、しどろもどろになる自信しかない。 「いいけど。何かのお願い?」  母さんが少し眉をひそめた。 「読めば分かるから。とりあえず見て」  一日かけて考えた文章を、母さんに送る。「送信」をタップする瞬間、自分の指が震えているのが見えた。母さんは俺の向かいでスマートフォンを取り出して、真剣な顔つきで画面を眺めている。俺も同じように手元に目を移し、自分の文章を読み返した。 『角巻健人先生へ お元気ですか。勉強を頑張ろうと思っているのですが、なかなか勉強のモチベーションが上がらず、困っています。そこで、A大生のリアルな声を聞けたら、俺のモチベーションも回復するのではと思って連絡しました。 八月にA大のオープンキャンパスに行きます。学校案内と模擬授業で、午前中いっぱいで終わる予定です。その後に、先生からも大学生活について話を聞けたら嬉しいです。少しでも接点がある人の話の方が、身近に感じられるような気がするので……。短時間でもいいので会えませんか? お返事待ってます。 田丸悠里より』  俺が読み終わっても、母さんはまだスマートフォンに視線を落としていた。胸がドキドキして、手が湿ってきた。テーブルの下、ジャージの太もも部分で汗をこっそり拭う。  母さんが顔を上げたのを見計らい、声をかける。 「この文章、変じゃないかな?」 「変じゃないと思うよ。これを美奈子さんに送ればいいのね?」 「うん。お願い」  母さんがじっと俺を見つめてきた。探るような目だった。 「な、何?」  箸を手に取り、味噌汁を持ち上げるふりをして母さんから顔を背けた。 「健人くんと会えるといいね」  感情をおさえた声で言われ、持っている味噌汁が揺れた。手の震えを悟られないように、お椀に口をつけて味噌汁を飲み込む。  ――母さんに俺の恋心がバレてる? それとも深い意味はない? どっち!?  混乱した頭の中を見られたくなくて、俺は食事中ずっと顔を上げることができなかった。 *  返信が来るまでに、今度も一週間くらいかかるかなと思ったが、「お返事待ってます」の効果か、二日後と早めだった。 『分かりました。終わったら、学食前で待ち合わせしましょう。十三時半でいいでしょうか。とお伝えください。角巻健人』  母さんから転送されてきたスクリーンショットに胸が高鳴る。先生と会えるんだ。そう思ったら嬉しくて嬉しくて、画像を保存してしまった。ロック画面に設定しそうになったところで我に返る。無意識って怖い。  俺は『いいですよ、と伝えてください』と母さんに返信した。  その後も、母さんと美奈子さんを巻き込んで先生と連絡を続けていたら、母さんがうんざりした表情を見せはじめた。 「そろそろ二人で直接やりとりしたら?」  母さんは眉間と額にしわを寄せ、スマートフォンをテーブルの上に放り投げた。 「そうなったら、俺、返信が気になって、ずっとスマホ触っちゃうよ。受験生なのにやばいよ」  ため息をつかれた。先生への好意がバレバレな言い方をしてしまったと気づいた時には、母さんが喋り始めていた。 「そんなに健人くんとのやりとりが楽しみなのね。悠里が勉強しなくなるのは困るから、今年いっぱいは中継役を担ってあげるわ。でも、高校卒業してからはお世話しないからね」 「ありがとう。助かる」  目をそらしたら逆に怪しまれるかと思って、母さんの顔をじっと見た。にこりと微笑まれて、体が熱くなった。

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