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重なりそうで重ならない 2

 オープンキャンパスまでは一ヶ月弱あったが、先生に会えると思ったら、居ても立ってもいられなくなって、週末ショッピングセンターに出かけた。先生へのプレゼントを選ぶためだ。  表向きの理由は、「忙しい中、時間を割いてもらうお礼」だが、形に残るものをプレゼントして、それを見るたびに先生も俺のことを思い出してほしい、という下心もある。俺ばかり心を乱されているのは悔しい。  復習プリントや過去問題集など、先生が俺にくれたものはたくさんあるのに、俺から先生にあげたものは、食べかけのミントタブレットだけだった。  チャック付きの袋に空のケースが入っているところを見てしまったが、あれから四ヶ月経ったから、さすがに捨てただろう。捨てていてほしい。あれは俺にとっては「ごみ」だし、そんなものが宝物のように扱われているところを想像するだけで、恥ずかしすぎて胸をかきむしりたくなる。  先生と会う約束を取り付けてからというもの、俺は今まで以上に先生のことを考えてしまうようになっていた。  ――先生に早く会いたい。こんなに再会を楽しみにしているのは、俺だけなのかな。先生は俺のこと、どう思ってるんだろう。  家庭教師として来てくれた最後の日、十秒間見つめ合えたのだから、恋愛感情とは言い切れないにしても、少なからず俺への好意はあったはずだ。  一方で、事務的なやりとりはスムーズなのに、模試の結果に対する返信が遅かったという事実は、どう捉えればいいのだろう。  先生は俺のことを好きなのかもしれないという気持ちと、俺のことなんて何とも思っていないはずだという気持ちが、シーソーのようにぎっこんばったんと傾ぐ。先生に会えない今の方が、週に二回来てくれていた三月までよりも、ずっとずっと、先生のことを考えてしまっている。  ――先生が俺のことをどう思っているかは分からない。だけど俺は先生のことが好きだから、先生に喜んでもらえるプレゼントを選びたい。少しでもいい、ものを見ている間だけでもいいから、俺のことを考えて、思い煩ってほしい。  そんな、わがままで自分勝手な気持ちを、俺は抱き始めていた。  俺を思い出してもらうためには、日常的に使うものの方がいい。  そういう考えのもと、ショッピングセンターのいろんな店をのぞいたが、ピンとくるものがなかった。  ――食器や料理の道具は、もう持ってるよね。食べたらなくなっちゃうものは嫌だし、服は趣味が合わなかったら残念すぎる。小物も飾らなかったら邪魔なだけだし……。お金もそんなにたくさんあるわけじゃないしなぁ。どうしよう。  フロアを歩き回っているうちに、唐突に『色違いのシャープペンシル』という言葉が脳裏に浮かんだ。同時に健人先生の痛々しい笑顔も思い出す。なんだっけ。  ――ああ、元カノとのエピソードだ。『色違いのシャープペンシルも、僕というアクセサリーを自慢するための行動だったのかと思うと、虚しくなりました』。あの時の先生、かなりつらそうだった。モヤモヤしてきた……。俺は絶対に、先生をアクセサリーと思ったりしない。先生と仲良しな俺をアピールしたいとか、そんな意図はない。でも、俺だって先生とおそろいのものがほしい! シャープペンシルなら日常的に使ってもらえるだろうし、そんなに高価なものじゃないから、先生も受け取りやすいだろう。先生のことを蔑ろにした元カノですら「おそろい」を持っていたんだから、こんなに先生のことを思っている俺は、なおさら持っていてもいいはずだよね?  我ながらかなり強引だと思って笑ってしまう。すれ違った人に変な顔で見られたから、咳をしたふりをして、ごまかした。俺は文房具売り場に向かうことにした。あの時見たシャープペンシルが、まだ売っていたらいいなと期待しながら。

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