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重なりそうで重ならない 5
建物に入ると、ひやりとした空気を肌で感じる。日陰だからだろうか。嗅ぎ慣れない匂いに、俺は今知らない場所にいるのだなと実感する。
案内された教室に入ると、すり鉢状の大きな部屋だった。通路が階段になっていて、それを降りて席に着くようになっている。階段を降りきったところは、ひらけた空間になっており、教卓とスクリーンがある。
学生が座る席は通路によって、右、真ん中、左の三ブロックに分けられていた。白い長机が並行に何列も並んでいる。椅子は見当たらなかった。でもみんな何かに座っている。段差を降りながら観察しているうちに、後ろにある板を下ろすと、椅子になるらしいということが分かった。
いろんな服装の人が好きな席に座っているのを見て、大学の講義室に来たという感じがした。
俺は右ブロックの真ん中の列、一番端の席を選んで、腰を下ろした。誰かに話しかけてみようかと思ったが、近くには親や友だちと喋っている人しかいなくて、一人の時間を持て余しているのは俺くらいだった。意味もなくスマートフォンを眺める。時刻を確認して、健人先生に会えるまであと三時間だ、と思ってしまう。ドキドキする。リュックの内ポケットに手を突っ込んで、この前買ったシャープペンシルを握りしめ、心を落ち着ける。今は先生のことを考えている場合ではない。A大学受験のモチベーションを上げるために、オープンキャンパスに来ているのだ。
時間になると、学部長と教授がやってきて、いろんな話を聞かせてくれた。模擬授業は、グループに分かれて、もう少し狭い部屋で受けた。最後は、教育学部の三年生だという男子学生が、教育学部棟と構内の主要な場所を案内してくれた。
構内をまわっていると、友達と喋ったり、ベンチに腰かせたりして普通に過ごす学生の姿を見かけた。今案内してくれているのは三年生だけれど、歩いている学生の中には、俺と一歳しか違わない、一年生だっているはずだ。たった数年しか違わないはずなのに、大学生はみんなきらきらしていて、大人に見えた。
――入学試験まであと半年。半年後、俺はちゃんと、大学生としてここに混ざれるのかな?
案内役の三年生の説明を聞きながら、自分だったらと考えはじめる。たくさんの知らない人の前で堂々と喋る先輩の姿を見て、素直にかっこいいと思った。俺もA大に入ったら、あんな大人になれるかな。期待に胸がふくらんだ。
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