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重なりそうで重ならない 7

 学食は、入り口から見て左手側がテーブルと椅子が並ぶ食事スペース、右手側が料理を注文するスペースになっていた。ガラスケースとカウンターがいくつかあり、カウンターの奥、厨房のようなところには、エプロンをつけたおばちゃんたちが立っている。  何を頼もう。どうやって頼めばいいんだろう。列が進むたびにビクビクしていると、先生に声をかけられた。 「緊張してます?」 「うん」  素直に頷く。また一人分前に進んだ。歩きながら先生が柔らかい表情を浮かべた。 「何が食べたいですか。大まかな選択肢は三つです」  先生が左手の指を三本立てた。人差し指、中指、薬指。長くてきれいな指。久しぶりに目の当たりにして、思わず見とれてしまう。先生は右手でそれぞれの指を順番に指し示しながら教えてくれた。 「まずは麺類、次に丼もの。最後はおかずとご飯を自由に組み合わせる方法です。注文が簡単なのは麺類か丼ものですね。食べ盛りの男子高校生にとっては少し量が少なめなので、『大』にすることをお勧めします」 「じゃあ丼にする」  一番簡単そうで、腹にたまりそうなやつを選んだ。 「分かりました。もしよく分からなかったら、とりあえず僕のマネをしてください」 「ありがとう」  先生の目を見て言うと、嬉しそうに笑ってくれた。  ついに俺たちの番がきた。先生がお盆を手に取ったので、俺もそれにならう。給食の時に使ったような、プラスチックの薄黄色のやつだ。  少し進んだところのガラスケースの引き戸を開けて、先生が切り干し大根の煮物が入った小鉢を手に取った。 「君も何か選びますか?」  先生に聞かれたので、レタスとトマトのサラダを取って、お盆に乗せた。引き戸は先生が閉めてくれた。 「じゃあ、丼コーナーに移動します」  頷いて、先生の背中を追いかけた。  カウンターの中には、ニコニコしたおばちゃんが一人で立っていた。カウンターの上には、写真立てのようなA5サイズのアクリルフレームがたくさん並んでいる。アクリルフレーム一つにつき一品、写真と商品名、値段が書いてあった。どれも美味しそうで、目移りする。俺が迷っていることに気づいたのか、先生が声を張って、先に注文してくれた。 「ねばねば丼の(ちゅう)ください」 「はい。お待ちくださいね」  丼の中にご飯を入れ、手際よく他の具材を盛り付けていく。 「お待たせしました」 「ありがとうございます」  できあがったものを受け取った先生は、それを自分のお盆に乗せた。目で俺に合図を送ってくる。注文してください、ということだろう。 「唐揚げ丼ください」  少し固い声になってしまった。俺の緊張を解くように、おばちゃんが微笑んでくれる。 「大中小どれにしますか」 「じゃあ大で」 「お待ちください」  ちゃんと注文できたという安心感から、肩の力が抜けた。おばちゃんの手元を眺める。ご飯は先生のより大盛りだ。唐揚げは五個。その上に半熟卵を乗せ、刻んだ海苔をまぶすと、おばちゃんが丼を持ち上げた。 「どうぞ」 「ありがとうございます」  海苔の香りが鼻をかすめた。受け取った丼の温かさと重さに驚きながら、お盆に乗せる。視線を感じて横を向くと、先生が優しい顔で俺を見ていた。 「最後は会計ですね」  先生が歩き出す。その背中を見て、頼もしい、先生と一緒で本当に良かったと思った。一人では、こんなにスマートに注文できなかっただろう。自然と笑みがこぼれてしまう。先生、好きだなぁ。じんわりと染みるように思った。

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