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重なりそうで重ならない 8
会計を済ませてから顔を上げると、先生がカウンターみたいなところにお盆を置いて手招きをしていた。人にぶつからないように注意深く歩いて、先生に近づく。箸やスプーン、フォーク、ドレッシングなどが置いてあるスペースだった。俺が箸を取り、サラダに胡麻ドレッシングをかけている間に、先生がグラスに水を入れて二個持ってきた。一つは俺のお盆に置いてくれる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
二人同時にお盆を持ち上げて、首を横に動かした。
「あそこ、あいたみたいです。行きましょう」
先生が顎でしゃくった方向には、荷物を肩に担ぎながら立ち上がる、男性二人組がいた。壁際の二人掛けの席だった。
移動しながら周りを見渡すと、高校生だろうなと思われる人がたくさんいる。みんな笑顔で食事を楽しんでいるように見える。よく考えたらこの人たちは、半年後にはライバルになるかもしれない人たちだ。そう思ったら急に気持ちが引きしまった。
「ちょうど座れて、良かったですね」
先生は椅子にショルダーバッグを置くと、それを自分の背中と背もたれでおさえるような形で座った。
俺はお盆をテーブルに置いてから、リュックを下ろす。椅子に背負わせるように、ひもを椅子の背にかけた。
「すごく混んでるね」
座りながら言うと、先生が口角を上げた。
「確かにいつもの土曜日よりは人が多いですが、平日はもっとすごいですよ」
そこに自慢するような響きを感じ取って、ふふっと笑い声を漏らしてしまう。先生は一瞬不思議そうな顔をしたが、俺につられるようにニコッと笑った。
「冷めないうちに食べましょうか」
先生が両手を合わせて小声で「いただきます」と言ってから箸を持ったのを見て、俺も丼に伸ばしかけていた手をとめ、顔の前で合わせた。田丸家では、母さんと俺の生活リズムがすれ違い始めてから、その習慣はなくなってしまった。家でそろって食事をする時に、「ごちそうさま」は言うが、食べ始める時の挨拶はいつの間にかしなくなっていた。
外でも「いただきます」の儀式をするなんて、先生はかなりきっちりと躾けられたのだろうなと思った。両親ともに学校で働いてるって言ってたっけ。でも、二月にハンバーグを食べた時には「いただきます」していなかった気がする。あの時、先生はかなり緊張していたし、忘れてしまったのかもしれない。今はリラックスしているように見える。俺に心を許してくれている証拠だろうか。
「どうしました?」
ねばねば丼に箸を入れた先生が首を傾げた。無意識のうちに先生の顔を食い入るように見てしまっていた。
「なんでもないよ」
恥ずかしくなった俺は、唐揚げを一個丸々口の中に入れた。思ったより大きくて、噛むのに苦戦していたら、先生が口元に手を当てて、くすくす笑った。
「君は唐揚げが大好きなんですね」
何とか飲み込んでから、先生をにらむ。
「なんだよ。子供っぽいって言いたいの?」
「そんなことは言ってません。大きな唐揚げを一口で食べようとするから、好きなんだろうなぁと思っただけです。裏はないので、無理やり読まないでください」
先生は箸で器用にご飯とオクラをつまみ上げ、口に運んだ。
むっとした気持ちは少し残っていたが、先生が食べているものの方が気になった。
「それ、何入ってるの?」
尋ねると、先生が丼をこちらに近づけて見せてくれた。白と緑、そして茶色。上には薄茶色のタレが回しかけられている。
「とろろ、めかぶ、オクラ、納豆です」
とてもヘルシーだ。俺なら絶対に選ばない。
「先生って健康志向?」
先生が丼に視線を落とした。
「ああ、そういうわけではないのですが」
「食欲ないの?」
俺の問いに、先生が小さく首を縦に振った。
「昨日緊張してあまり眠れなくて。今日はサラッとしたものがいいなと思ったんです」
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