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重なりそうで重ならない 9
「緊張? 今日、案内役とかしたの?」
「そういうのは苦手なのでしてませんけど、君に会えると思ったら――」
先生は、そこで喋るのをやめた。目を見開き、口元を手で覆った。耳を赤く染めて俯き、あからさまに「失言でした」みたいな顔をするから、深読みしたくなってしまう。
「君に会えると思ったら」「緊張してあまり眠れなくて」。
俺は首を傾げた。元教え子、しかもたった三ヶ月しか教えていない相手と会うだけで緊張するものだろうか。
緊張して眠れないなんて、まるで昨夜の俺と同じだ。
――えっ、うわ、まさか。先生も俺のこと、す……。
先生の熱がうつったみたいに、俺の顔も熱くなる。
――いやいやいや、ありえない。だって俺は男だし、先生みたいな世界中の女性からモテそうな人が、俺のことなんてわざわざ好きになるわけない。それに、模試の結果を送った時のそっけない反応。あれは完全に「脈なし」だった。
先生も俺のことを好きだったらいいのに、と思い続けてきたはずなのに、いざ「そうなのかもしれない」と思ったら混乱してきた。だって、先生はともかく、俺に性別の枠を越えられるほどの魅力があるとは到底思えない。
手に持った箸が震え始める。左手で右手首をおさえた。
俺は考えるのをやめた。何かしらの結論が出てしまうのが怖かった。
先生との関係がうまくいっても、ダメになっても、俺はメンタルコントロールができそうにない。せめて、受験が終わるまでは、うやむやにしておきたい。
唐揚げを頬張る。今度はちゃんと一口分だけかじった。
「美味しい」
「良かったですね。僕のも美味しいです」
毒にも薬にもならない会話をする。心なしか、先生も上の空のように感じられる。もしかしたら全部俺の勘違いで、先生は俺のことを何とも思っていないかもしれない。でも、今、先生は俺と向き合ってご飯を食べて、言葉を交わしてくれている。それだけで、先生に会っていない間にぐちゃぐちゃにかき乱されていた頭の中が、だんだんと整理整頓されていくような心地がした。
――落ち着く。ずっと、先生のそばにいたい。
そんな言葉が胸の奥からせりあがってくる。間違っても外に飛び出してこないように、俺は口いっぱいにご飯と唐揚げを詰め込んだ。
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