86 / 135

重なりそうで重ならない 12

 先生が連れてきてくれた店は、駅の繁華街から少し外れた場所にあった。ビルの一階部分にあるお店で、通りに面した窓には木の格子がはめられている。入り口は自動ドアではなく、木でできている重たそうな扉だ。「カフェ」というより「喫茶店」という言葉が似合いそうな雰囲気の店だった。  先生が扉を引いてから振り返った。「どうぞ」と言いながら、もう片方の手で中を指し示すので、いそいそと店内に入る。先生は、俺が中に入りきるまで扉を押さえていてくれた。 「何名様ですか」 「二人です」 「ご案内いたします」  店員さんの後ろを歩きながら、首を動かして店内を観察した。店構えから想像していたよりも中は広く、二十名ほどは入れそうだ。落ち着いたダークブラウンのテーブルに、四角い黒っぽいソファ。天井にはなんだかおしゃれな装飾がされた照明。クリーム色の壁紙は植物の柄で、目に入った瞬間、「シック」という単語を思い出した。「シック」がどんなものなのか、俺には分かってないんだけど。  大人っぽさをまとう空間に、緊張が募る。店にいるお客さんはスーツを着たおじさんや、会話を楽しむマダムたち。どう考えたって、Tシャツを着た高校生が来ていい場所じゃない。  案内されたのは道に面した窓際の席だった。 「ご注文がお決まりになりましたら、お声がけください。ごゆっくりどうぞ」  まずは、店員さんが置いていったおしぼりで手を拭いて、水に口をつけた。ほのかにレモンの香りがする。次に、黒い縦長のメニューを手に取ってみる。ファミレスのメニューとは比べ物にならないくらいの重量だ。革のような風合いの高級感がある表紙だった。 「ここ、よく来るの?」  先生に尋ねながらメニューを開いて、目玉が飛び出た。飲み物だけで五百円以上する。ケーキセットなんて千円越えだ。さっき学食で食べたものの方が安い。ここが「お気に入りの店」って言ってたし、先生はお金持ちなのかな。目を動かして、ちらっと向かいの様子をうかがう。先生が笑みを浮かべた。 「見て分かる通り、いいお値段なので、そんなに頻繁には来られないですが、テストや実習が終わった後など、何かの節目に来ることが多いです。あとは、嬉しいことがあった日やすごく頑張った日、そして落ち込んだ日なんかにも来たりしますね」 「自分へのごほうびみたいなこと?」 「まあ、そんなところです」  俺に会っている今は、どれに当たるのだろうと思った。  ――嬉しいことがあった日、だったらいいな。  自分で考えたくせに恥ずかしくなって、メニューを持ち上げて顔を隠した。

ともだちにシェアしよう!