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重なりそうで重ならない 14
注文してからしばらくすると、俺たちの前にケーキと飲み物が運ばれてきた。
先生が頼んだのは、ベークドチーズケーキとホットコーヒー。俺の前にはモンブランとアイスティーが並べられる。
「ごゆっくりどうぞ」
最後に、ガムシロップが一つ、コーヒーフレッシュが二つ入った容器をテーブルの真ん中に置いてから、店員さんが一礼して立ち去った。
アイスティーにガムシロップとコーヒーフレッシュを入れ、ストローでかき混ぜていると、先生の視線を感じた。
「何?」
「甘いものを食べるのに、甘い飲み物を飲むんだなあと思って」
よく分からないけど、腕組みをしながらニコニコしている。ちょっと怖い。
「先生はミルクいらないの?」
先生の手元のコーヒーに目を向けると、茶色い角砂糖が二個、ソーサーの上に乗っていた。
「そうですね。基本的には何も入れずに飲みますよ」
コーヒーをそのままで飲めるなんて大人だ、と思った。俺は砂糖もミルクもいっぱい入った、ペットボトルのミルクコーヒーしか飲めない。
ストローをくわえて、ミルクティーを一口飲んでから、フォークを手に取った。崩してしまう前に、モンブランを眺める。渦巻き状に盛られた薄茶色のクリーム。うっすらと粉砂糖がかかっている。山のてっぺんには茶色い栗が行儀良く座っていた。
「いただきます」
呟いてから、モンブランにフォークを垂直に差し込む。栗のクリームの中から、白い生クリームが現れた。一番下はスポンジ生地のようだ。口に入れると、思わず笑みがこぼれた。
「ね、美味しいでしょう?」
顔を上げると、頬杖をついた笑顔の先生と目が合った。フォークにもコーヒーにも触れた形跡がない。ずっと見られていたのだろうか。
「君は食べ物をすごく美味しそうに食べますよね。僕が作ったわけではないのに、僕まで嬉しくなります。かわいい」
ぽろっとこぼれたような言葉に、少しイラッとする。
「かわいいって、バカにすんな!」
「馬鹿になんてしてません。どうして君はそんなにひねくれてるんですか」
先生がため息をついた。
「褒めてるんです。褒め言葉は素直に受け取ったらどうですか」
俺は口を結んで、先生を見返した。
――今の褒められてたの? 「食べ物を美味しそうに食べるから、かわいい」? 十八歳にもなって、そんなところを褒められるなんて、すごくバカみたいじゃないか。
「恥ずかしい……」
俺が呟くと、先生がようやくコーヒーカップを持った。コーヒーを飲む直前、先生の口が「かわいい」と動いたような気がした。
*
「それで、A大のことは分かりましたか?」
ケーキを食べ終えたあと、先生がコーヒーカップを傾けた。俺もちびちびとミルクティーを飲みながら答える。
「うん。実際にこの目で見たら、すごくリアルに大学生活をイメージできるようになったよ」
「それは良かったです。何か僕に聞きたいことはありますか?」
「聞きたいこと……?」
首を傾げ、しばらく考えてから、「大学生活の話を聞きたい」を口実に先生を呼び出したことを思い出した。久しぶりの再会に舞い上がって、すっかり忘れていた。
「大学、楽しい?」
漠然とした質問に、先生は驚いたように目を丸くして、それから少し笑った。
「はい。楽しいですよ。高校までよりも専門的な勉強ができて面白いです。そのぶん、明確な答えのない問いも増えますけど」
「答えのない問い?」
「個性を伸ばすとはどういうことなのか、理想の学級運営とは、などですかね」
「すごい! 教育学部っぽい!」
俺が感心すると、先生が目を細めた。
「君も教師を目指すなら、いずれ考えなければならない問題ですよ」
「そう、だよね……」
教師という言葉で真っ先に思い浮かぶのは、近藤先生の顔だ。一見すると無愛想なのに、関わってみると、生徒一人ひとりとしっかり向き合っていることが分かる。時には厳しいことも言ってくるが、根本には優しさがある。俺にとって近藤先生は「尊敬できる大人」であり、こんな教師になりたいという「憧れの人」だ。
その前に、教員免許を取るためには、大学に入らなければならない。午前中に見たA大の学生たちを思い出す。俺もあんな風に、そして、健人先生や近藤先生みたいな、立派な大人になれるだろうか。
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