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重なりそうで重ならない 16

「交換したら、きっと俺、先生に甘えちゃうから」  甘えてくれていいのに。ボソッと言いながら、先生は今にも泣きそうな顔をした。やばい! 先生を悲しませたかったわけではないのだ。俺は懸命に口を動かした。 「先生と連絡とりたくないとかじゃなくて、その逆っていうか……その。いつでも会えるって思ったら、気持ちがぶれちゃう気がして。俺、絶対A大に行くから。待ってて。その時に交換しよ」  しばらくの沈黙のあと、先生が笑顔を作った。 「分かりました。待ってます」 「あとね、受験が終わるまで、俺はもう先生に会わない」  俺が宣言した時、先生の形のいい唇がゆがんだ。慌てて言葉をつけ足す。 「今日はすごく楽しかったし、会えて良かったって思ってる。でも来年、先生と一緒に大学生活を送るために、今は我慢するんだ。次に先生と会うのは、頑張った俺の姿を見せる時でありたい。その方が、俺のモチベーションが上がると思う」 「分かりました」  眉を下げて笑う先生。その寂しげな表情は、俺に会えなくなることを考えて浮かんだものだって思ってもいい? 「俺は、A大に合格したごほうびに先生と会いたいんだ」 「ごほうびって……」  先生が赤面した。それを見て、自分の発言の意味に気づき、羞恥心がわきおこった。  ――これじゃまるで、先生のことを「ケーキ」扱いしているみたいじゃないか。俺が先生のことを好きだってことがバレてしまう。ああ、もうバレてるのかもしれない。俺は全部顔に出るみたいだから。 「い、いや、これは違くて、ええと、違くはないけど、うんと……他意はない! 他意はありません!」  必死な俺を見て、先生がククッと笑う。 「他意? まず、僕がどう解釈したと君は思ってるんです? そして、他にはどんな意味が……?」 「今のは忘れて……」 「忘れませんよ、絶対に」  身に覚えのある会話だ。先生が飼っていた犬が亡くなり、先生を慰めるために抱き合った時。今日はあの日とは立場が逆になっている。  あの時、俺の言葉がちゃんと聞こえてたのかもしれないと思ったら、今更恥ずかしくなった。 *  楽しい時間はあっという間に過ぎる、という言葉を肌で実感した一日だった。俺の電車の時間が迫っていた。  改札口でお別れしようと思ったのに、先生はわざわざ入場券を買って駅構内まで入ってきてくれた。お気に入りだというお土産も買って持たせてくれた。  駅のホームに向かうと、電車が停まっていた。出発まであと五分。どちらからともなく立ち止まり、ホームの中央にあるベンチの前で向き合う。 「道中長いですから、気をつけて帰ってください」 「ありがと」  微笑む先生が、何だか泣き出しそうに見えて、先生に触る言い訳ができたと思ってしまった。  でも、人がたくさんいるし、抱きしめるのは恥ずかしすぎて無理だ。せめて握手だけでも、と手を差し出すと、先生がぎゅっと握り返してくれた。  ――何も理由がなくても先生に触れられるようになりたいな。胸が苦しい。ドキドキしてる。寂しい。お別れは嫌だ。でも先生の手があったかくて、嬉しい。 「先生に会えたから、勉強も頑張れそう」  俺は思いっきり口角を引き上げた。今日は本当にありがとう、楽しかったよ、待っててね、受験頑張るね、全部の気持ちを込めるように、とびきりの笑顔を作ってみせた。 「A大から、君が合格するように念を送っておきます。頑張ってください」  先生も笑顔を返してくれる。手の力を緩めた。握手がほどける。先生の手は、名残惜しそうにしばらく宙に浮いていたが、やがて体の横におさまった。 「じゃあ、また来年。絶対に会いましょう」 「うん。またね」  先生に小さく手を振ってから電車に乗り込む。泣いてしまいそうだから、後ろは振り返れなかった。

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