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頑張ってきた自分を信じて 1

 時は流れに流れて、健人先生と初めて会った季節、一月になった。受験生の第一の山場、共通テストがやってきてしまった。  共通テストの日はなぜかいつも荒天で、今年も吹雪の中、母さんに試験会場となるB大まで車で送ってもらった。 「頑張ってきた自分を信じて。応援してる」  車を運転している間は無言だった母さんが、俺が降りようとした瞬間、声をかけてきた。 「うん。ありがとう。頑張ってくる」  真っ白な中に降り立ち、ドアを閉めた。滑って転ばないように一歩ずつ踏みしめるようにして歩く。鋭く冷たい空気が全身に突き刺さった。痛い、寒い、緊張する。でも大丈夫。大丈夫、大丈夫。  自分に言い聞かせるように、脳内で唱えながら歩いていると、佐々木の声がした。 「悠里、おはよー!」  白くかすむ世界の中に、ぼんやりと手を振る姿が見える。 「佐々木、おはよー!」 「控室こっちだってさー!」 「分かったー。今行く」  かけ出したくなったが、転んだら困るのでゆっくり進んだ。  試験会場と控室は別々の場所に分かれていた。同じ棟にあるので外を通る必要はないが、一科目ごとに試験会場と控室を往復することになると聞かされた。筆記用具などの必要物を除いた荷物は、全て控室に置いておかなければならない。試験会場は市内の高校生の五十音順で割り振られているらしいが、控室は学校ごとにまとめられていた。  佐々木と一緒に控室に入った俺は、出入り口近くのテーブルに荷物を置いた。まず、コートを脱いで椅子にかける。それから、リュックから内履きを出して、長靴から履き替えた。「いつも試験を受けているのと同じ格好をした方が、普段通りのパフォーマンスができる」という、学年主任の迷信めいたアドバイスがあったからだ。そのアドバイスにならっているのは俺だけではないらしく、ほとんどの人が内履きを持ってきていた。 「緊張するなあ」  佐々木がいつもより固い声で言った。 「そうだね」  相槌を打ちながら、俺はリュックに目をやった。外には、健人先生にもらった赤いお守りがぶら下がっている。内履き入れをしまうために、リュックの中をのぞきこむ。健人先生が作ってくれた復習プリントの束と、横井先生になってからの家庭教師の教材、そして単語帳などを入れてきたリュックはとても重い。  ――ここに俺の一年間が詰まっているんだ。そして、今日と明日のたった二日間で、俺の一年間の頑張りがはかられてしまうんだ。 「大丈夫か? なんか忘れ物?」  佐々木の心配そうな声が聞こえた。ずっとリュックを見て考え込んでいたからだろう。 「ううん。多分大丈夫」 「なんか足りなかったら言えよ? 俺、大抵のものを多めに持ってきたぜ。鉛筆削りも持ってるし」  佐々木が鞄から取り出したのは、手回し式の鉛筆削りだ。鞄から出てくるのが意外で、吹き出してしまう。 「何で笑うんだよ」 「色鉛筆についてるやつくらいの大きさかと思ったから」 「ああ、あれ、削れる角度が嫌いなんだよ。ちょっと丸っこくない?」 「分かる」 「そうだ。悠里、時計持ってるか? 目覚まし時計も二個持ってきたぞ」  これまた大物が出てきて、俺は声を出して笑ってしまった。 「大丈夫。太陽光発電の電波式の腕時計あるから。佐々木は心配性すぎるよ。でも、佐々木のおかげでちょっと緊張ほぐれた。ありがと」 「ん。どういたしまして」 「頑張ろうね」 「おう」  俺は佐々木とこぶしを空中でぶつけ合った。

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