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頑張ってきた自分を信じて 5
「待つにしても、駅でしょ。あっちなら屋根も壁もあるし、ここよりは寒さがしのげるよ。改札前で待ってれば、そのあと俺がどこに行くかは関係なく、来た瞬間につかまえられるし」
言いながら、なんで俺がこんな提案をしているのだろうと思う。今日もし会えなくても、俺の預かり知らぬところで先生がガッカリするだけで、俺にはダメージがないのに。
「ああ、言われてみればそうですよね。どうして気づかなかったんだろう……」
先生は苦笑いをして俯いた。
頭の回転が速いはずの先生が、こんな簡単なことにも思い至らないなんて。呆れる。でも、俺のことを考えて、冷静じゃなくなったのだとしたら、嬉しい。だけど、冬の屋外で来るか分からない俺を待っているのは、かなり心配だからやめてほしい。
いろんな感情が混じり合って、唇を尖らせてしまう。
「……というか、連絡くれれば良かったのに」
先生が俺と目を合わせて、見せつけるようにため息をついた。え、なんで?
「昨日の夜、叔母から転送されてきた田丸さんからのメッセージには、『息子には内緒だけど、念のため健人くんにもお知らせ』という注釈が付いていました。だから、この連絡は、君の意思ではないのだなと思いました。A大を受験することを僕に知らせたくないのかなと思ったんですけど」
母さん、余計なことを。先生はこちらを責めるような口調だ。じとっとした目で見つめられる。ふつふつと怒りが込み上げてくる。
――なんだよ、それ。俺が悪いのかよ。
「もとはといえば、先生がっ……」
そこまで言ったところで、言葉を飲み込んだ。「健人くんに連絡しようか」という母さんの提案を断ったのは俺で、それを無視して美奈子さんにメッセージを送ったのは母さんで。先生を責めるのはお門違い。ただの八つ当たりだと思ったから。
「何ですか。言ってください」
先生がまばたきして、目を細めた。
「思ったことは何でも言ってください。僕がどうしたんですか。絶対に頭ごなしに否定したりしませんから。言って」
先生の口調が柔らかくなる。視線が絡み合う。胸の奥からいろんな感情が上がってくる。俺の口が勝手に動きはじめた。
「模試の結果送った時、先生からの返事が遅かったから。嫌われたんじゃないかと思って、すごくショックだった。今回も、もし返ってこなかったら、絶対平常心でいられないから。だから、最初から、やめとこうって……」
途中から鼻声になってしまう。まばたきをすると、冷えた頬を温かい涙が伝った。先生が驚いた顔をして、手袋をはめた右手を伸ばしてくる。その手は俺に触れる前に、我に返ったようにぴたっと止まって、引っ込められた。コートのポケットからティッシュ袋を出し、俺に向けてくる。ありがたく受け取り、手袋を外してから鼻をかんだ。
「ごめんなさい。僕のせいだったんですね。僕は人付き合いが下手なんです。君を嫌ったりなんかしないのに、うまく表現できなくて。いつも君を傷つけてしまう」
先生の声は震えていた。涙でにじんだ俺の視界では、先生の表情はぼやけてよく見えなかったけれど、先生も泣いているのかもしれないと思った。
「君を傷つけたくないのに。泣かせるのは嫌なのに。いつも、いつも、僕は間違えてしまう」
先生が一歩ずつ近づいてきた。栓が壊れてしまったみたいに、涙が止まらなかった。自分でもなぜ泣いているのか分からない。もらったティッシュを目に当てる。
「すみません。嫌だったら肩を叩いてください」
先生の声がすぐそばから聞こえてきた。と思った瞬間に重心が前に傾いた。驚いてティッシュをはがす。目を開ける。先生に抱きしめられていた。
――どこ触っても冷たい。ひんやりしてる。どんだけ待ったんだよ。本当にバカじゃん……。
先生との体の間に挟まっている腕を抜いて、背中にまわす。ぎゅっと抱きしめ返した。先生をあたためてあげたいと思ったのだ。
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