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頑張ってきた自分を信じて 8
A大の二次試験の科目は、国語と数学と英語。共通テストとは違い、記述式のテストとなっている。試験会場はしんとしていて、みんなが参考書をめくる音しか聞こえなかった。
――ここにいる人全員、俺のライバルだ。
緊張して血の気がひく。一コマ目の国語の筆記試験が始まるまであと三十分。俺は、リュックから中一の数学の問題集を取り出した。通路を挟んで左隣から視線を感じる。男子生徒がじっとこちらを見ていた。目が合うと、顔を背けられた。でもすぐに俺の方を向く。その視線は俺の手元に注がれているようだった。
俺は、問題集を開き、花丸を指でそっとなった。昨日、先生に触れた感触が思い出されて、やっと普通に呼吸ができるようになる。
左から舌打ちが聞こえた。
――「こいつどんだけ入試をなめてるんだよ」とでも思ったのかな。それとも、牽制してるように見えたのかな。ごめんね。でも、これは俺にとって、ただの問題集じゃないんだ。お守りなんだ。健人先生はずっと変わらず、俺を応援してくれていた。一年間、俺を待ってくれていた。先生の期待にこたえるために、頑張らなきゃいけない。
中一の問題集をしまい、A大の過去問題集をリュックから出した。先生にもらった時と比べて、表紙の傷が増えていた。何度もやり直した問題は、開きぐせがついていて、適当な場所に指を引っ掛けても一発で開いてしまう。これは、俺が頑張った証拠だ。
俺には健人先生がついている。いや、健人先生だけじゃない。近藤先生も、母さんも、横井先生も、俺の「A大合格」という夢を応援してくれている。日本全国各地には、第一志望の試験に向けて俺と同じように緊張しているだろうクラスメイトもいる。
――もう、何も怖くない。
リュックにつけた赤いお守りを握りしめた。よろしくお願いします、今こそ俺に力をください。そんな願いを込めて。
*
「筆記用具以外のものをしまってください」
試験監督の声に従い、机の上のものを整理する。注意事項を聞きながら、俺は右手を見つめて、健人先生との握手を思い出していた。
目をつぶって深呼吸をする。
――先生。俺、やっとここまで来たよ。もうちょっと待っててね。
時間になり、号令がかかった。
「始めてください」
問題用紙を開く音、鉛筆と紙がこすれる音が教室中にあふれた。俺も負けじと鉛筆を持ち、問題文に目を走らせた。今まで頑張ってきた自分と支えてくれた人たちを信じて、解答用紙に全てをぶつける。
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