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門出 1
三月になった。時間内に全ての問題を一応解き終えたし、二次試験の手応えはなくはなかった。あとは結果を待つだけ。落ち着かない日々が続いている。
部屋で椅子に腰掛け、B大の問題集を前にぼんやりとしていると、久しぶりに佐々木から連絡がきた。
『俺、C大合格してた』
本当は国立大学の二次試験より前に結果が分かっていたはずだが、今になっての連絡ということは、俺に気を遣ってくれたのかもしれない。
『良かったじゃん。おめでとう』
すぐに返信する。
『ありがとう。悠里は結果これからだよな』
『うん。卒業式の二日後』
『合格祈っとくわ』
『よろしく』
『結果分かったら連絡しろよな』
「分かった」と打ち込み、送信しようとした手が止まった。俺は息を細く吐き出した。結果。怖い。早く知りたい。でも永遠に知りたくない。今の状態が続けば、俺は「春からA大生かもしれない」という期待の中で過ごせるから。
A大に落ちていたら、B大の後期試験を受けるつもりだから、本当はまだ勉強を続けなければいけないのだ。それなのに、二次試験が終わってからというもの、地に足がつかない気分がずっと続いていた。
A大に受かっていたら、B大の対策をしても無駄になるのではないか。B大の試験に向けて勉強するのは、自分がA大に受かると信じていないことになるのではないか。信じていないと、神様が俺のことを不合格にするのではないか。余計なことばかり考えてしまう。当然ながら、B大の過去問題集を開いても内容が頭に入ってこない。
私立大学の合格通知は届いていたから、仮にA大もB大もだめだったとしても、春から大学生にはなれる。でもやっぱり母さんのためを思うと、国立大学の合格をもぎ取りたかった。
だからといって、今からA大合格のためにやれることは何もない。せいぜい神頼みくらいだ。
深いため息が口から抜けていった。
『俺でも合格できたんだから、悠里も大丈夫だ』
佐々木から追加でメッセージが届く。返信に時間がかかっている俺を励まそうとしてくれているのだと思う。
でも、それでも。……カチンときてしまった。
――いいよな、佐々木は。もう第一志望の大学の合格通知を手にしてるんだもん。結果が分からない宙ぶらりんな俺を、安全圏から眺めて励ましてくるなんて。ずるい、羨ましい、妬ましい。
打ち込んであった「分かった」を消して、頭に浮かんできた文字をフリック入力する。
『俺でも合格できたんだから、って何?』
送った瞬間に後悔した。送信取り消しを押そうとするが、既読がついてしまう。
『細かいことは気にすんな。大丈夫、絶対大丈夫だ』
トゲのあるメッセージを送ってしまったのに、佐々木は変わらず優しかった。純粋な好意を、真っ直ぐに受け止められなかった自分が嫌になる。
『……うん。ありがと。ごめんね。結果分かったら連絡するね』
『おう。待ってる』
俺は深いため息をついて、背もたれに体重を預けた。視覚からの情報を全て遮断するように、俺は目をつぶり、右腕をまぶたの上に乗せる。
健人先生に連絡を取って、今すぐ励ましてほしくなった。でも、先生に弱音を吐くということは、母さんにもそれが見られてしまうということだ。母さんを心配させるようなことはしたくなかった。
――もう嫌だ。合格なのか不合格なのか分からない今の時期が一番つらい。いっそのこと、ひと思いにやってほしい。
気分転換にホットミルクでも飲もう。目を開いて立ち上がった瞬間、床に投げ出していたリュックと、赤いお守りが視界に入った。健人先生にもらった時よりも、よれっとしてきたお守りを見て、どれだけこれにすがってきたのだろうと思う。
――あと少し、本当にもうちょっとだけ。よろしくお願いします。
しゃがみ込んで、ほつれたお守りをぎゅっと握りしめる。
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