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門出 2
私立大学を狙っていた佐々木のような人は、既に合否が出ていたが、俺たちのような国公立大学志望の人たちは進路が定まらないまま、高校の卒業式を終えた。
式典が行われた体育館から教室に戻る途中の廊下で、近藤先生から背中をバシンとたたかれた。
「曲がってるぞ。最後くらいシャキンとしろ」
すごく痛かったが、先生なりの励ましだったのかもしれない。
教室にて近藤先生やクラスメイトとの別れを惜しむ。泣いたり笑ったりしながらも、脳の一部は冷静に「俺はこの先どうなるのだろう」と考え続けていた。進路が決まっていない不安が上回っているのか、高校生活が終わった実感は、あまりなかった。
*
いよいよA大の合格発表の日を迎えた。午後一時に、大学のホームページで発表されることになっていた。俺は、昼十二時にリビングに陣取った。テーブルの上に、母さんと共用のノートパソコンを置く。既にA大のホームページは開いてある。受験票とスマートフォンも手元に準備した。健人先生からもらったお守りは、リュックから外し、スマートフォンにくくりつけた。
緊張で食欲がなかったが、ぼんやりと過ごすには時間が長すぎるので、とりあえず昼食を食べて気を紛らわすことにした。カップラーメンでも食べようと思い、やかんを火にかけ、お湯を沸かしていると、かちゃりとカギが回る音がした。
「ただいまー」
母さんの声だ。今日は仕事で一日不在だと聞いていたのだが。体調不良で早退したにしては元気そうな声だ。俺は首を傾げながら「おかえり」と返した。
リビングに入ってきた母さんは、俺の顔を見るとはにかんだ。
「そわそわして仕事に集中できてないのを上司に見つかっちゃって。『今日はそこまで忙しくないし、帰っていいよ』って言われたから、それに甘えて有給取ってきちゃった。もうお昼食べた?」
「まだ。今からカップラーメン食べようかなって思ってたとこ」
「良かった。お弁当買ってきたの。一緒に食べよ?」
母さんがビニール袋をテーブルの上に置いた。
「着替えてくるから、好きな方食べてていいよ」
母さんがリビングを出て行く。俺は、テーブルの上のスペースをあけるために、パソコンのふたを閉めて、その上に食事に必要ないこまごましたものを乗せ、使っていない椅子に置いた。ビニール袋を開き、二つの容器を取り出す。近所の肉屋さんの弁当だった。豚ひれカツ弁当と、カツ丼。
「どっちも『カツ』だ……」
今の俺はまな板の上の鯉で、今更「勝つ」ためにできることなんて何もないのに。
母さんが選んできた弁当を見て、笑ってしまった。俺と同じように、母さんも合格発表前に何かにすがりたい気持ちなのだと分かったから。
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