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門出 4

 気持ちが落ち着いたところで、お世話になった人たちに連絡していくことにした。まずは近藤先生に報告しよう。スマートフォンを操作して学校に電話をかけ、先生を呼び出した。 「田丸か。お疲れ」  今日合否発表の大学が多く、先生も次々と報告を受けているのだろう。少し疲れたような声色だった。忙しいだろうから、余計な前置きはせずに伝える。 「A大合格してました。相談に乗ってくださったり、励ましてくださったり、いろいろとありがとうございました」  一瞬沈黙があった。鼻をすするような音が聞こえた気がしたが、空耳かもしれない。 「そうか。おめでとう。よく頑張ったな。あとは自分のやりたいように生きていけ。応援してる。れ――いろいろ、な」  本当は「恋愛も」と言おうとしたけど、職員室で他の先生もいるから気を遣って「いろいろ」にしたんだろうなと考えて、苦笑いしてしまう。 「頑張ります。その件もお世話になりました」 「たまには高校に遊びに来いよ」 「はい、そうします。今まで本当に本当にありがとうございました」 「おう。元気でな」 「はい。近藤先生も」  電話が切れた。声が聞こえなくなって、先生の顔を毎日見る生活はもう終わってしまったのだ、と唐突に実感する。急にすごく寂しくなった。  ――俺、高校卒業したんだ。そして、春からはA大生になるんだ。これからの人生で、近藤先生みたいな尊敬できる人に出会えるかな。会えるといいな。  せっかく止まった涙がまた出てきそうになったから、急いで上を向いてまばたきを我慢した。 *  次に連絡を取ったのは家庭教師の横井先生だ。会社に電話して、先生に繋いでもらう。 「田丸です。A大受かりました。今までありがとうございました」 「おめでとうございます!」  珍しく横井先生の声が弾んでいた。 「一年でここまで成績が伸びる人は、そう多くありません。本当にすごく頑張ったのだと思います。田丸くんの熱意、感心しました。本当におめでとうございます」 「大変お世話になりました。俺がA大に合格できたのは、先生のご指導のおかげです」 「お役に立てて光栄です。大学生活、楽しんでください」 「はい。楽しみます。本当にありがとうございました」  電話を切る。初対面の印象が最悪で、どうなることかと思った横井先生だったが、教え方は丁寧で分かりやすく、家庭教師としては完璧だった。デリカシーに欠ける発言に傷ついたこともあったけれど、俺が健人先生を好きにならなければ、「男同士だから恋愛には発展しない」という類の言葉は何の抵抗もなく受け入れていたはずだ。良くも悪くも、この恋が俺を変えてしまったのだ。  そうだ、健人先生にも連絡しないと、と思った瞬間、動悸が激しくなった。早く報告したい。でも無理だ。文章が何も考えられない。先生にだけ見られるのであれば支離滅裂でも許されるだろうが、母さんと美奈子さんの目にも触れるのだ。きちんとした文章を書きたかった。  ――いったん佐々木を挟んで落ち着こう。  俺はメッセージアプリを開いて、佐々木の名前を選びだし、メッセージを送る。 『A大合格した』 『おめでとう!!! 悠里は大丈夫だと思ってた! 全然心配してなかったぜ!!』  やたらとびっくりマークが多い。佐々木の興奮が伝わってくる。その直後、クラッカーを鳴らす犬のスタンプが五個続けて送られてきた。  俺の合格をこんなにお祝いしてくれるなんて、いい友人を持ったなあとじんわりと温かい気持ちが胸に広がった。 『ありがとう! 四月からは距離が遠くなっちゃうけど、また絶対会おうね』 『そうだな。長期休みとか、飯食おうよ』 『実家に帰る時は連絡するよ。中学校から一緒の佐々木と離れるなんて、なんか変な気分』 『だな。てか、この会話、遠距離恋愛になる恋人みたいじゃね?笑』  思わず笑い声が漏れた。佐々木の冗談に乗っかってやるか、と指を動かした。 『佐々木には彼女いるでしょ? いなくても佐々木とは恋人になりません。永遠に友だちです』 『エターナルフレンド! 俺に永遠を誓ってくれて嬉しいぜ!』 『それ、本気で言ってる?』 『いや。完全に雰囲気』 『雰囲気なのかよ笑』 『悠里と友だちで良かったぜ! お互い大学生活楽しもうな』 『急にまとめにかかったね』 『ごめん。これから彼女とデートだから。またな』 『うん。また』  既読はすぐについたが、その後返信が来ることはなかった。  ――いいなあ、デートか。俺も健人先生とデートしたい。  そう考えたところで、オープンキャンパスの日は「デート」だったのでは、と突然思い至る。かあっと体が熱くなった。  ――でも俺たちは恋人同士じゃないし。恋人じゃなくてもデートって言うのかな? 二次試験の時にわざわざ待ってたくらいだから、先生も多分俺のこと好きだと思うんだけど、恋愛感情って思ってもいいのかな……。  スマートフォンのメモアプリを立ち上げて、健人先生に送る文面を考え始めたが、ドキンドキンという自分の鼓動に邪魔されて、全然集中できなかった。

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