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門出 5
『美奈子さん、健人先生へ
お元気ですか。おかげさまで、A大学に合格することができました。本当にお世話になりました。いろいろとお気遣いいただき、ありがとうございました。
健人先生、四月からも仲良くしてくれると嬉しいです。
田丸悠里より』
打ち込んだものを見直して、最後の一文は消した。母さんと美奈子さんに先生への恋心を悟られたら嫌だし、「仲良くしてほしい」への返答がメッセージで来るかもしれないと思ったら、もっと嫌だった。文章、しかも大人二人の目を通したものではなくて、面と向かって健人先生の口から答えを聞きたい。
俺は、大学で先生に会えたらできるだけ早く告白しようと心に決めた。振られてもオッケーをもらえても、どっちでもいいから、すっきりした気分で大学生活を始めたい。もちろん、オッケーをもらえた方が嬉しいけれど、あまり期待しすぎるとあとが怖いから、今は「どっちでもいい」と自分に言い聞かせておく。
俺はスマートフォン片手にリビングに向かった。
「母さーん。メッセージ考えたから、美奈子さんに送って」
*
美奈子さんからはすぐに「おめでとう」と返事が来たが、健人先生からは、やはり全然返ってこなかった。好かれていないのかなと少し不安になるが、二次試験の前日に「君を嫌ったりなんかしない」と言われたことを思い出して、模擬試験の結果の時ほど落ち込まなかった。それに、返信の遅さなんて気にならないくらい、新生活に向けてやらなければならないことが盛りだくさんだったのだ。
母さんと相談して、新生活に慣れるまでは実家から通うことにした。すぐにでもアルバイトを始めて、お金を貯めるつもりだ。なんとなく、一年生の夏休みあたりからアパート暮らしを始められたらいいよね、という結論に至った。
したがって、アパートを決める必要はないものの、それを差し引いても、しなければならないことはたくさんあった。入学や奨学金の手続き、必要物の買い物などで、慌ただしく日々は過ぎていった。
報告から一週間後、ようやく健人先生から『おめでとうございます』という一言のみの返信が届いた。
オープンキャンパス、そして、二次試験前日に会った時にかなり距離が縮まった気がしていたのに、会わないうちにリセットされてしまったのだろうか。ふうっと鼻から息が漏れた。
――脈なしかもしれない。でも俺は、告白すると決めたんだ。当たって砕ける。もとから、先生が男の俺を好きになる確率なんてゼロなんだ。もしかしたら、告白がいい方に転がって、先生が俺を意識してくれるようになるかもしれない。言わない後悔よりも、言ったことによる後悔を選びたい。
俺は決意を新たにした。
――先生に会ったら、その日のうちに「好きだ」と伝えよう。
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